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令和テレフォンクラブ
声ともというアプリがある。
新型コロナウィルスが猛威を振るっていた大学2年の春、いい加減ひとと話がしたくて、そんなものを入れた。
まぁ単純にひと恋しかったのだと思う。
上京したての当時、新宿の行き方すら知らなかったボクは、大学の誰もいない教室と自宅の往復を繰り返していた。
オンライン授業なのだから、別に大学に行く必要なんてなかったのに。
唯一の会話といえば、バイト先でのやりとりくらい。
介助ヘルパーの仕事をしていた当時、話し相手といえばその利用者さんくらいだった。
とはいえ、基本的には呼ばれたら反応するくらいの頻度である。特に雑談をするわけでもない。
当時はただ楽なバイトを探していたから、それで十分だったはずなのに。
だんだんと人間としての何かが消えていくようで、言い表せない感情が胸のなかにつっかえていた。
サークルも次第に疎遠になり、「いったい何のために大学に来たんだろう?」と、考え込む日々が続いた。 いま振り返ってみると、ボクはあの頃、自分から他人と話すことを避けていたのかもしれない。
そんな折に、声ともに出会った。
比較的連絡の取り合っていた友人に勧められたのがきっかけである。そいつはすでに大学を辞めていた。
そのころにはすでにある程度の遊びも覚えて、いっちょまえに大学生活を楽しんでいたように思う。
街の遊び方も、夜の付き合い方も、なんとなく身についていた。
新宿の飲み屋街や渋谷の雑多なバーを巡り、時にはアプリでの出会いも試してみた。
今思えば、たかが知れている。
最初は新鮮だった。誰かと飲み、笑い、楽しい時間を共有することで、心の隙間が埋まるような気がしていた。
緊急事態宣言下でも、それなりに楽しめる店を見つけることはできたし、無理やり作った時間に少しの充実感を感じていた。
でも、長続きはしなかった。
次第に、相手の名前すら覚えていない会話や、二度と会うことのない誰かとの夜が、ただのルーティンのように感じられてきた。
ボクにはきっと、そういう遊び方は向いていなかったんだと思う。
面と向かって話す相手との間には明確な距離があり、僕はついぞ誰とも本当の意味で向き合うことがなかった。
当時は若かったし、傷心中でもあったから意識的にひとを遠ざけていただけなのにね。
結果として僕の中に残ったのは、虚無感だった。どれだけ飲み歩いても、どれだけ新しい人と出会っても、心が満たされることはなかった。
それはきっとただ出会うだけで、彼女たちのことをほんとうの意味で見ていなかったんだと思う。
そんなときに出会ったのが、声ともだった。
声ともは、声だけでつながるアプリだ。顔も名前も知らない相手と、ただ話すためだけの場。斎〇さんみたいなものだ。
声ともでの会話は、そういった「何も残らない」遊びとは少し違っていた。顔も名前も知らない相手と、ただ声だけでつながる。相手がどんな人か想像する楽しさがあったし、何より、終わった後に何かを求められることがないのが気楽だった。
会話はほとんど一度きりで、そこに駆け引きも打算もない。
「どうせまた何も残らないんだろうな」と思いながら始めたけれど、不思議とそれが心地よかった。むしろ「何も残らない」ことが、心を軽くしてくれる気がした。
そこにはいろいろな人がいた。声のトーンや話し方だけで相手の人柄を想像するのが、妙に楽しかった記憶がある。
ただ近況を語り合うだけの人もいれば、深夜に真剣な人生相談をしてくれる人もいた。どこか知らない街で暮らす人の話を聞きながら、自分の知らない世界に思いを馳せることができた。
「大学生活どう?」と聞かれるたびに、うまく答えられなかったけれど、声ともでの会話は閉じた日常の中でちょっとした息抜きになっていた。
あのころ、本当に「誰かと話す」という行為は特別なもので。
ただ電話越しにしゃべっているだけなのにどこか、救われていた気がする。
そんな中、とくに忘れられない「声」の主がいた。たぶん、女の子だった気がする。
工場で働いてるその子は、はじめて通話したとき、ひどく酔っていた。
話した内容を鮮明に覚えているわけではないのに、その人と話すと、自分が少し自由になれた気がした。
悩みや鬱屈した気持ちを、言葉にしてもいいんだと思えた。
いまでもふと、元気にしているかと思い出すことがある。
ボクらは毎日のように電話をした。日がな一日ずっと通話しているときもあれば、たった数分で「またね」と切るときもあった。
不思議なもので、顔も知らない相手なのに、何時間話していても飽きることがなかった。むしろ、声だけのつながりだからこそ、余計な気を遣わず、自然体でいられたのかもしれない。
お互いの生活に踏み込みすぎることもなく、ただその瞬間の会話を楽しむ。それが心地よかった。
「今日は何してたの?」
「特に何も。そっちは?」
「こっちも同じ。」
そんな何でもない会話が続く日もあれば、深夜になると急に「実はさ」と切り出して、悩みを打ち明け合うような夜もあった。
彼女の工場での仕事の話や、最近ハマっているという趣味の話を聞きながら、僕はその場にいるような感覚で耳を傾けた。ときどき、彼女がふと見せる弱さや、酔った勢いでぽろっと漏らす本音が、妙に心に響いた。
「もし会えたら、何する?」
そんなことを冗談半分で話すこともあったけれど、結局、僕たちは顔を知らないままだった。むしろ、顔を知らないからこそ、この関係が成り立っていたのだと思う。
彼女との会話の中で、僕は自分のことを少しずつ話せるようになった。大学生活のこと、友達のこと、そして、自分がどれだけ孤独を感じているか。彼女はそれを特別なリアクションをするでもなく、ただ静かに聞いてくれた。
「そういうときもあるよね」
その一言だけで、僕の胸の中に詰まっていたものが少し軽くなった気がした。
気づけば、彼女の声は僕にとって特別なものになっていた。昼夜問わず通話を重ねる中で、彼女の声が生活の一部になっていった。電話を切ると、少しだけ寂しさを感じることもあった。
生まれて初めて、テレフォンセックスというものを経験した。
現代では「エロイプ」と呼ばれているらしい。
特に約束したわけでもなく、会話の流れでそうなった。彼女の声が少し低くなり、どこか誘うような口調になった瞬間、「ああ、これはそういう方向に行くんだな」と気づいた。
不思議な感覚だった。顔も見えない、名前も知らない相手と、ただ声だけで交わる行為。
終わった後、思ったよりも罪悪感はなかった。むしろ、妙に清々しい気持ちだった。あの行為は、リアルな関係とはまったく違うものだったからだと思う。距離感があるからこその安心感と、どこか匿名性に守られた自由さ。それが心地よかった。
ただ、それが何かを埋めてくれるわけではなかった。むしろ、行為が終わった後に感じたのは、少しの虚しさと、「声だけでつながる」という不思議な関係の限界だった。
まぁ今思えば、いい思い出というやつだ。
でも、それ以上踏み込むことはしなかった。僕たちのつながりは、声だけで完結するものであるべきだったのだと思う。顔を知らないからこそ守られていた自由さが、僕らの関係の本質だったのだろう。
そしていつか、その電話も自然と途絶えた。理由もなく、ただなんとなく。
いまでも彼女の声をふと思い出すことがある。工場で働いていると言っていた彼女が、転職すると言っていた気がするし、昇給したとも言っていた気もする。
いまどこで何をしているのかは知らない。でも、あの時の彼女の声が僕を救ってくれたことだけは確かだ。
あの関係は、何かを得るためのものではなかった。ただそこに、声があった。それだけで十分だった。
ネット恋愛というものを知ったのは、ずいぶん後のことだった。
あの頃の僕にとって、彼女とのやりとりは恋愛とは違っていたように思う。確かに特別な感情はあったし、彼女の声を聞くと心が軽くなるような気がした。でも、それを恋愛と呼ぶには、どこか違和感があった。
僕たちの間には顔も知らないという絶対的な距離があった。距離があるからこそ、自由でいられた。相手に何も期待せず、相手から何も期待されない。その関係性が心地よかったのだと思う。
ネット恋愛という言葉を知ったとき、ふと彼女との会話を思い出した。「あれは恋愛だったのだろうか?」と考えることもあったけれど、答えは出なかった。
おそらく、それは恋愛というよりも、孤独を埋めるためのつながりだったのだと思う。誰かと話したい、声を聞きたいという純粋な欲求。その欲求が、お互いの声を引き寄せていただけだったのかもしれない。
でも、だからといってその時間が無意味だったとは思わない。彼女との会話がなければ、僕はあの頃の孤独に押しつぶされていたかもしれない。恋愛かどうかなんて関係ない。彼女の声が僕を救ったことには変わりないのだから。
そう、変な人もたくさんいた。
だけど、僕はそういう人たちと話すのが案外好きだった。
変な人というのは、なんていうか、普通の会話のテンプレートから外れてる人たちだ。いきなり「宇宙人は実在すると思う?」って聞いてくる人とか、延々とカエルの鳴き声のモノマネをする人とか、急にパンツをずり下ろすひと、泣き出すひと。生粋のメンヘラから水商売まで。
普通なら「なんだこの人?」って引くような話題も、声ともだと妙に許せてしまう。
ある日、誰かが「幽霊って雨の日に傘を差すと思う?」と聞いてきた。
なんて文学的なやつなんだ!と文学少年のボクは歓喜した。
その質問があまりにツボにはまって、僕たちは延々と幽霊の傘事情について議論した。「傘を差す幽霊は、雨に濡れたくない未練が残っているんじゃないか」という結論に至り、二人で大笑いした。
そういうひとたちとの会話は、自分の世界がぐにゃりと広がる気がした。普段の生活では出会えない発想や視点が、彼らとの会話からぽろっと出てくる。それが、僕にとってたまらなく魅力的だった。
きっと彼らも僕のことを「変なやつだな」と思っていたかもしれない。でも、それでいい。そういう異質さを認め合える場所が、声ともの一番の魅力だったのだと思う。
「声だけでつながる」という行為は、ふとテレクラの話を思い出させる。
燃え殻の『すべて忘れてしまうから』にクリスマスにテレクラにいった話がある。
声ともが偶然の塊なら、テレクラはもっと切実な場所だったのかもしれない。孤独や退屈、満たされない何かを埋めるために、誰かの声を求めていたのだろう。
でも、テレクラも声ともも、突き詰めれば同じことをしている。見えない相手と声を通じてつながる。ただそれだけの行為。だけど、その「ただそれだけ」が、人間にはどうしようもなく必要なんだと思う。
昔、ボクは大学にいきたかった。そのために勉強したし、そのために高校生活を犠牲にした。
けれど、コロナ禍になって気付いたのは、「人間、ひとと話さなきゃ死ぬ」とうことだ。
うさぎみたいな話だけど、わりと当時のボクは本気で死にかけていた。
3年かけて受かった大学に、半年も遅れて足を踏みいれると、そこには青春なんてかけらもない。あこがれのキャンパスライフなんてものは存在せず、学部では出会い厨事件で異性との交流は憚られた。
一丁前に大学デビューに憧れていたボクの出鼻はくじかれ、閑散とした教室を見つめる日々がつづく。
他のひとはすでに気持ちを切り替えて、空いた時間を遊びや趣味に使っていたけれど、ボクはそんな器用には生きられなくて。
仲間と夜まで語り合ったり、講義が終わったらサークル活動に打ち込んだりする日々なんて訪れず、画面越しに教授の話を聞き、課題を提出するだけの毎日。
誰とも深く関わらないまま日々だけが淡々と過ぎていった。
声ともは、そんな僕にとって案外、救いの場だったのかもしれない。
そこには自由があった。顔も知らない、名前も知らない相手と話すだけの関係だから、変に気を遣う必要もなかったし、評価を気にすることもなかった。たとえ嘘をついたとしても、次の日にはすべて消えてしまう。誰も僕を責めないし、僕も相手を責めない。
一度きりの関係だからこそ、少しの嘘や見栄を張ることが許される。声だけで繋がるこの空間では、誰にも見られないし、記録もされない。だから、ほんの少しだけ自分を変えてもいいし、なりたい自分になってもいい。
「僕、実は南極でペンギンの研究をしてるんだ」と言えば、「それ面白いね」と純粋に返してくれる人がいる。
ほんと、わかりやすい嘘をついたと、自分でも思う。
けど、たとえそれが嘘でも、誰も詰めたりしないし、むしろ、その嘘の延長線上で、話をどんどん膨らませていける。それが楽しい。
相手方もそうだ。あるひとは自分を医者だと言い、またあるひとは自分をアイドルだと語った。
それがほんとか嘘かどうであれ、僕らはその役を会話のなかで全うした。
南極にいるはずの僕は「それならオーロラも見たことあるの?」と聞かれ、「もちろん! 実は空が燃えるような赤に染まることもあるんだ」なんて、嘘を嘘のまま楽しむことができる。そんな会話が心地よかった。
この感覚は、昔のスナックや居酒屋の空気に似ているんじゃないかと思う。
お酒を理由に悠々と嘘をつく。
昔、大人たちはその場所で、一期一会の会話を楽しんでいたと聞く。名前も知らないひとと、ただその瞬間だけの会話を楽しむ。そこに肩書きや現実のしがらみはない。
そこでは、みんなが自分のなりたいものになれた。
誰もがミュージシャンで、お医者さんで、社長で。肩書きや肩肘張った「自分」を一旦置いて、ただ会話の中で遊ぶことができた。
スナックのカウンターに座りながら「この前、ラスベガスのカジノで大勝ちしてさ」とか、「俺、昔ロックバンドやっててさ」とか、そんな話をしていた人たちがいたのだろう。
もちろん、本当かどうかなんて関係ない。嘘だとしても、誰も詰問しないし、野暮なことは言わない。ただその場の空気が盛り上がればそれでいい。
そういう遊びが許される空間だったんだと思う。昔の大人たちはそんな感じで、場所を共有する誰かとその場限りの夢みたいな会話を楽しんでいたんだろう。
背伸びをしたり、嘘をついたりしながら、本当の自分を確かめているのかもしれない。
けれど、SNSが発達した今、その「遊び」が難しくなってしまった気がする。
SNSではすべてが記録され、見られる。何気ない発言も写真も、データとしてずっと残る。だから、みんな下手に嘘をつけなくなったし、背伸びすることも少なくなった。
気軽な「お金持ちごっこ」すら、冷たい目で見られる。
岡田斗司夫はそれを「ホワイト社会」というけれど、僕は正直得意じゃない。
すべてが透明でクリーンな世界なんて、ひどくつまらないと思う。
「ありのままの自分でいろ」と言われるけれど、その「ありのまま」さえ他人の基準で評価される。そこにはどこか窮屈さがあって、なんだか怖い。
だからこそ、ボクらにはきっと、そういう場所が必要なんだ。
声の向こうの誰かと話しているときだけは、自分が大学生であることも、誰にも見られていない現実も、全部忘れることができた。
そして、ふと気づいたことがあった。僕が本当に求めていたのは、大学という「場所」ではなく、「誰かと繋がる」という実感だったんじゃないかということ。
少し時を経て、それが少しずつわかるようになってきた。
ふざけた話題の中で、「本当はこう思ってるんだよね」とポロッと本音を出すとき。それを聞いた相手が「わかる、それ」って返してくれる。その瞬間、自分の言葉が誰かに届いたという手応えがあって、孤独だった日々が少しだけマシになる。
きっとひとと話していくなかで、自分自身の輪郭を確認したかったんだと思う。
大学では手に入らなかったつながりや、リアルな人間関係のしがらみの中で埋もれてしまった「自分」をただ取り戻したかっただけなんだ。
結局、そのときは明確な答えは見つからなくて、海外まで出歩くことになったのだけど。
もしかすると、声ともに集まる人たちは、みんな何かしらの「窮屈さ」を抱えているのかもしれない。現実では言えないことを言うために、ほんの少しの嘘や見栄を織り交ぜながら、誰かと繋がるために。
そう考えると、声ともは現代のスナックや居酒屋みたいなものなんだろう。顔も見えない、名前も知らない、だけど声だけが響き合う空間。そこで僕たちは、ほんの少し自由になれるんだと思う。
※この物語はフィクションです。