
20年分の初恋の終わらせ方(未)
前回までのお話
2024年8月
花嫁が入場する。
白くきめ細かい肌にドレスが儚げに映える。
胸から胴にかけて花柄の刺繍がほどこしてある。スカート部分はチュ-ルとレ-スを重ね、同じ白でもわずかにグラデーションがあって、細部の一つ一つが花びらのようにやさしく彼女を包み込んでいる。体全体で一輪の白いバラを咲かせているようだった。
その美しさに、
彼女とはもう一生会えない気がした。
俯いてドレスの裾ばかり見ていた。ビーズの輝きが美しく、刺繍されている花は何だろうと思った。薄く羽のように軽い生地は蝶を連想させた。こんなに美しい姿を見せてくれて、ありがとうと言いたかった。
彼女の進む足が止まる。
何か起きたのかと思って顔を上げると彼女と目線が合い「こっちを見てよ!」と大きく手を振ってきている。授業中ちょっかいをかけるために振り返って見せてきた、いつもの可憐な笑顔だった。
20年前と今の彼女が同時に存在する。
時間は“まやかし”だと思った。
直線だった時間軸が一点に集約し
その場所は一瞬にも、永遠にもなった。
結婚式場のチャイムに合わせて彼女は中学生に戻っている。授業が始まる合図だ。先生が来ているのに後ろの席のわたしに向かって、貸してくれた漫画についてまだ読んでないところを楽しそうに話してくる。「まだその話しないでよ!!」と大きな声を出して先生に怒られるのはわたしだ。ニヤニヤしながら彼女は前を向く。肩で笑っているのが分かる。
彼女は今も昔も変わらずわたしを
見てくれていた。
授業が始まると、彼女は露骨に机に突っ伏して寝ている(今度こそノートは貸さないと誓った)。黒髪に埋もれていた耳後ろのヘアアクセサリーが代わりに顔を出して光っている。体育祭前にお揃いで買ったのがよほどお気に召したらしく、いつのまにか普段使いになっている。それを眺めると、わたしたちだけが共有している秘密が増えたような気がする。
千円ぐらいの安物なのにどこがそんなにいいのか、目を凝らしてデザインを確認しようとしたが、涙で目が滲んでよく見えない。ハンカチで拭うと、安物のアクセサリは星屑が視界いっぱいに輝くようなティアラになっている。彼と腕を組み、若干肩が上がっているのはウキウキしているときの仕草だと分かる。そうか、彼女は今とても幸せなんだ!
彼女といる時間かそうではないか、
二色で世界が塗り分けられているようだ。
わたしが何に泣いているのか、
彼女はこれからも知ることはないだろう。
涙でメイクをまた崩してしまったので化粧室に入り、目元を直し、心を落ち着かせ、披露宴会場に向かう。
円卓の人たちはすでにみんな着席しており、遅れてきたわたしを迎え入れてくれた。あまりにも号泣していたのを心配してくれたようで(たしかに異常すぎる)、感動したよね!ほんとに彼女のことが大好きなんだね!泣くのはこれからじゃないの~笑?とやさしく共感してくれてまた泣きそうになる。
6人掛けの席で小学校、(中高はわたし)、浪人時代、大学時代、バイト先、職場、etc、それぞれの年代で最も親交が深い人たちを集めた席みたいだ。どうやらみんな、一人で来ることの心細さと、彼女の友達を一目見たいというワクワクを両手に抱えてきたらしい。共感度の高さに気持ちが安らいだ。
ほどなくして、自分から見た彼女の人物像、みんなが知らないであろうとっておきエピソード紹介が始まる。小学校の頃はいつも半ズボンだったようだ。浪人時代に酒を覚えたらしく、ダーツとビリヤードが得意になったらしい。彼女が昨年末朝5時ぐらいに朝帰りで電話してきて酔っぱらいながら今日は楽しい飲み会だった~という超迷惑な謎報告をしてきた話をわたしがすると、隣にいた女性が「それは○○の結婚式じゃない!?私もいたんだけどw!」と言って、その結婚式は大学時代の友人ということが判明する。パズルのピースを集めるような感覚に浸った。わたしは特に、彼女と会っていない大学時代のエピソードを興味深く聞いた。
こうして周りを見ると、みんな自分以上に彼女と親交が深いようだった。ただ、そんな序列はもうどうでもよくなっていた。
201X年4月
彼女が3浪目を終え、薬学部に入学したのをFacebookで知った。いつも制服姿を見ていたせいか黒のスーツ姿の写真に違和感があってちょっと笑ってしまった。セミロングぐらいにまで伸びてパーマをかけた髪が、ぷっくりしたゆで卵みたいな頬を隠している。最後に会った時よりもずっと女っぽさに満ちていた。
直接会っておめでとうを言いたい衝動に駆られたが、それは彼女が望まない限り(連絡がこないのであれば)、自分から声をかけることはできないと思った。いいねを押したら気づいてもらえるのかもしれないとも思ったが、それも不誠実な気がしてやめた。
写真越しに一目見れただけで十分だった。これから彼女が元気に楽しく過ごし、いずれ社会人になって、仕事で苦労しながらも愛する人を見つけ、彼とともに生きていくのであれば、それ以上に素晴らしいことはないと思った。わたしがそこに関わるかどうかは関係なかった。彼女が幸せにいるかどうかだけが重要だった。
彼女から連絡がきたのはたしか社会人3年目ぐらいだったろうか、就職して社会の荒波にもまれ、恋愛も散々に失敗し、ようやく一丁前に大人になってきたかなと思う頃、誕生日にメールが届いた。
『誕生日おめでとう。ずっと連絡したかったんだけど気まずくて、ごめんね。大学受かったんだよ。いまもう3年生だけど笑。』
短い文章だった。
でも、全部が詰まっていると思った。
積もる話が山ほどあった。
壊れるほど抱きしめたい気持ちを抑え、
二人で飲みに行こうと誘った。
「なんか社会人って感じの服着てるー笑」
久しぶりに会った彼女の最初の言葉に、ひどくほっとした。自分が一体何を心配していたのか忘れてしまった。この数年間溜めこんでいた複雑な感情すべてを杞憂にしてくれる抜群の笑顔だった。そういえば、彼女はいつもこんな風に空気を作ってくれるんだったな。
お店に着くまでの足取りは、坂を下るように自然に早くなった。今日は入学祝い、国家試験前祝い、抜かしていた分の誕生日祝い×N回…、焼肉で盛大に祝うことにした。
肉がおいしすぎて、顎が痛かった。
顔がほころんでいるのは、会えたうれしさなのか、肉のおいしさなのかが分からなくなっていた。
今はすっかり食べ盛り時期が過ぎ、カルビよりハラミ派になっていることに時間の経過を感じた。会わなかった間の輪郭を優しく指でなぞるように、これまでの話を聞いた。バスケは大学で再開したものの腰痛がひどくなってやめざるを得なくなり、今は一丁前に大学生らしくスノボーにはまっているみたいだった。1年生の後期に彼氏ができて順調に続いているとのこと(これが今の旦那様)。わたしに連絡をしなかったのは、医学部受験をやめることが今まで協力してきたわたしに対する裏切りだと捉えていたからだった。本当は社会人になって立派なところを見せられるまで連絡を我慢するつもりが、やっぱり早く会いたくなって連絡したとのことだった。
早く会いたい・・・
何度もその言葉を反芻していたら、ニヤニヤ顔を指摘されてしまった。いつもその顔をしていたのはそっちだろと言いたかった。
2次会のカラオケは謎のYUI縛りだった。
明け方まで歌い、始発の山手線に向かう道は
わたし達二人だけが歩く専用通路になっていた。
エスカレーターの手すりに掴まっていると後ろから彼女が手を重ねてきた。お酒の効果もあってかいつも以上に温かった。どうしたのと聞くと「酔っぱらったあー」と回答が返ってきた。そんなの知ってるよと言って、彼女の手の上にわたしのもう片方の手をのせた。せめて両手で感じたかった。
電極のプラス・マイナスを両手で
掴んだかのように体中に電撃が走った。
山手線は二人して寝過ごし1周してしまった。
披露宴は順調に進んだ。さっきボロ泣きしたのが恥ずかしくて、写真撮影はバツが悪そうに一番隅にひっそりと立った。彼女が周りの友人と談笑している姿を微笑ましく感じ、嫉妬がすっと退いていくのを感じる。
控え目にしているわたしに気づき「挙式で泣きすぎだよー」と笑いながら、こっちおいでと手を振ってくる。一緒に写真を撮ろうと言ってくれた。みんな気を使ってくれて、二人で撮らせてもらった。旦那さんがどうぞどうぞと言って席を譲ってくださり新郎席に座る。
(もし結婚できたらな)
一瞬そんなことが頭をよぎる。
でももういい加減、こんな初恋は終わらせないといけない。この写真の中に、心の内すべてを注ぎ込み、永久に漏れ出ないよう閉じ込めたい。今度こそできるといいのだけど。
上手く笑えていたかな。なんだか随分ぎこちない顔の気もするが、それもわたしらしいから、まあいっかな。
披露宴の終盤、ご両親に向け彼女が手紙を読み始める。たくさん迷惑をかけてごめんねと言っていた。浪人時代、大学時代とふらついていた期間が長くて心配だったよねと。「人よりも随分と回り道をしてきてしまいました。ただ、そんな道中で出会い、支えてくれたのが、今日ここに来てくれているかけがえのない友人たちであり、人生を共にしてくれる○○さん(旦那様)です。今は全く後悔してないどころか、自分が一番幸せだと思っています。ありがとう。」
自分が彼女の一番でなければならないと思っていた。でも今は彼女の幸せの一端を担えているのであれば、何番だろうがどうでもいい。誰かを応援し続けられること、それをうれしいと思えることが愛だと思う。
彼女を慕う友人がたくさんいる。わたしなんかよりもずっと親しい友人たち。彼女は幸せそうに微笑み、その光景がひどく美しいと感じる。
お酒がものすごくおいしい
円卓の人たちとは終電まで飲みに行った。
2024年11月
わたしの誕生日に、彼女と二人で地元の焼き鳥屋さんにいる。昔ならマックのポテトSで5時間粘っていたんだろうけど、今は違う。旦那さんへの手土産はあれこれ考えた挙句、無難なウイスキーにした。「これはわたしがのんじゃうかもなー」と彼女は言っていた。今度は3人で、夫婦宅で一緒に飲むことを約束した。日付もちゃんと決めた。
彼女は少し歳をとった。かつてのゆで卵みたいな肌つやはなくて、むしろちょっと荒れ気味。声もしゃがれている。きっと酒やけだな。あと、全身に肉がついている。不摂生なやつだ。今もし、わたしのお腹をむにゅっと掴んで贅肉を確認しようとしたら、彼女は完全敗北し屈するだろう。
それでも大好きなのは変わらない。しわもあるし、あごがぷるんとしているが、むしろ歳を重ねた今の方が、より一層綺麗だと思う。なんというか、人の美しさは若さじゃないなと最近思うようになってきた。彼女は焼き鳥の串を籠に入れ、言った。
「できちゃったかも。」
少し間を空けて、
「ほんと!?おめでとう!」と返した。
誕生日なのでごちそうになるつもりだったが割り勘にした。
これから先、わたしは他の男性を好きになることはあっても、きっと彼女に抱く気持ちを超えることは無いだろう。わたしの恋心は全てが彼女のためのものだから、他の人に使う気はないし、できない。
披露宴の挙式で撮った2ショット写真は現像してもらい、当日のメッセージカードとともにスマホケースに忍ばせてある。まだこれを持ってないとあの時の覚悟がぐらいついてしまいそうだ。今日も、おめでとうを言うときに一役買ってもらった。初恋を終わらせるにはもう少し時間がかかりそうだ。
いつか、わたしも彼女と同じくらい愛せる人を見つけたい。そうしたら彼女との関係はまた一歩先に進んで行けるような気がする。20年後はいよいよ50過ぎか、、あらゆるものが変わり、わたしたちの関係も今と同じというわけにはいかないだろうけど、その変化も楽しめるくらいに絆は強く結びついていると信じている。あなたもおなじ気持ちでいてくれたらうれしいな。
面と向かっては言えないからここで。
ずっとあなたを愛しています。
今までもこれからも。
おしまい。