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拝啓、深夜のラーメン店
深夜を駆け抜けていくのは、彼のラーメンをすする音だった。ズズズという不規則なリズムを頬張る姿を、ぼうっと眺めていた。
「麺、のびちゃうよ」
うん、分かってる。そもそもどうして今日わたしたちは、こんなところにいるんだろう。こんなはずじゃなかった、昔のわたしがこんな姿を見たら呆れるに違いない。
誕生日は素敵なレストランで、かっこいいお祝いをしたり、花束をプレゼントしあったり。そういう「特別」を夢見ていた、はずだった。
今日は彼の誕生日。なのに、なぜかいつものラーメン屋にいた。ラーメン行く?と冗談交じりで言ったつもりだったのに、彼は普通に乗り気だった。だから結局連れてきたのだけれど。
・・・
と、いうわけなんだけどね。などと友人に話すと、何が言いたいの?という顔をされる。いやあ、特別が足りない気がして不安で、とも言えないわたしを遮って彼女は言った。
わたしは、日常が一番好きよ。わたしは好きだったひとと、会話なんてあまりなかったし、遠出だってほとんどしてない。記念日のなにかもしなかったけど、ただ、いっしょにいてくれた。同じような服を着て、一緒にごはんを食べて。たとえば遠出した思い出の場所がありすぎたとする。特別だけど、その分それが壊れてしまったら、もうそこへは行けない。でもスーパーとか、普通の定食屋さんとか。日常は、壊れてしまっても避けては通れない「日常」なの。いつまでも心に残る。特別は更新できても、日常はなかなか更新できない。でもだから、それ以上に勝る「特別」はないの。
わたしたちが思っている特別って、例えるならディズニーランドに行ったり、旅行に行ったり。誕生日は最高のレストランでお祝いをして。そういうのが「恋人の特権」だと思っていた。
だから大丈夫だよ、と彼女はわらう。"誕生日にすすったラーメン”という日常のような一日が、きっといつかは特別へと形を変える。日常から形を変えた「特別」は、永遠よきっと。なんて言って、彼女はわらう。
ちょっとよくわからなかった。でも、告白の返事であげたキャンディーの意図すら理解してくれない彼だから。特別だとか、彼女っぽいとか、そんなことはどうでもいいのかもしれない。
・・・
「あのね」
なに?と言うのにスープを啜るので、こっちを見てくれない。好きっていおうとしたのにやめて、「なんでもない」と言うと、やっと彼がわたしを見る。
「好きって言おうとしたんでしょ?知ってる」
なんてまた、特別のような言葉をくれるから。わたしはいつまでも、日常と特別の間でゆらゆら、彼を追いかけてしまうのだ。
p.s. 誕生日おめでとう、すてきなふたりへ。友人のはなしからインスピレーションをもらって書いた現実と空想の間、ゆらゆらとした物語。
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