On your marks / Set
美しすぎる書店の前でうまく笑えなかったありのままを、美しいと収めてくれた日がある。振り向いた真顔を、綺麗だと呟いた。当たり前のように空は青く。リセットじゃない、リスタートだ。そう言って、迫る憂鬱を愛しむ目をまっすぐ見つめて受け入れられた。あの日を回想するだけで救われる。それくらい大きく眩しい、現在にも有効な、過去の触媒。きみのリセットはグレーだから、見惚れてしまう。
守るべきものがあらわれたとき、守れる自分でいられるように。学び、追い込み、深く潜る。息は長く続くようになり、地上に上がった瞬間にリセットされる。受け売りのように、チャンスのドアにはノブがない。すぐに飛び込める自分を準備するために走り、潜り、もがいている。早すぎる、と言われて離された手でたくさんのものを掴んできたけれど、どこかの時空はずっと止まってしまっている。
絶えず動く速さのせいで活発に見えるメトロノームのように、感情の振れ幅ではなく速さとテンションの高さが同一視される。スピードがかった中の混沌は見つけ難く、テンポが良いとされ、大丈夫だと思ってもらえる。客観視された自分が大丈夫なら大丈夫だと言い聞かせて、まだやれると錯覚する。テンポについていくのに必死で努力して、手に入れたものと同時に滑り落ちたものがいくつもある。幸せだ、と思える瞬間と同量の後悔が降る。
短調を聴いて初めて違和感に気づくように、テンポが良いことと平気であることは等しくない。
歳を重ねるたびに、選べなかったものへの解像度が高まり、情緒が揺れる。重さが増すにつれて速く揺れて、スピードが加速する。衝突による負傷は大きくなり、それ以上の力を以って立ち上がらなければならない。
すぐに決めてしまうことと、悩まないことも、きっと等しくない。
開いてスクロールするページの中に、一枚だけ自分がいることを確かめる。彼の切り取った景色は青く、わたしのそれも青かった。一枚だけ、こっそり挟んでいる秘密を、誰かは公にして、誰かはたぶん秘密にしまい続ける。