寒いけど、寒いから、物語はつながっていく。
寒いのは苦手だ。でも、吐く息が白いと安心する。なにもなくても、自分という存在が熱を持って地面に足をつけ、ひとりで立っているのだと実感することができるから。今日は寒いを通り越して雪が降った日。
黄色い長靴を可愛らしく走らせながら私の隣を駆けていく少年。気をつけて、と心のなかで声をかける前に転んでしまう。
「大丈夫?」
大丈夫、と笑顔で立ち上がり、ありがとうおねえちゃんもきをつけてね!と満点の元気をくれた。足取りはあまりにも危なっかしいけれど、ちいさな背中は思っているより頼もしい。この矛盾はなんだろう、としばらく遠くを見つめていた。
駅まであとすこし。
「◯◯線はどっちかしら」
臙脂色のコートがあまりにもうつくしい老婦人。あっちですよ、と指差す私の手を見て、
「若いのに、そんなカサカサして。がんばりすぎないのよ」
なんて言うので、すこしかなしい笑いをこぼしてしまった。大丈夫、寒いけど、私はここが好き。ほとんどの人はどんどん私を追い抜いていくけれど、それすら心地いい。埋もれていても大丈夫、そんな安心がある。
『声をかけたくなるようなひとでいなさい。困ったとき、道に迷ったとき、不安なとき、あなたをみて安心する、そんな姿勢をもちなさい』
いくつのときだったかな、祖母がそんなことを言っていた。あいまいだけど具体的なその人物像が、唯一追い続けてきた見えない理想。なれているのだろうか。なれていると、いいんだけど。
たくさんの人たちが、雪に慣れない私をぐんぐんと抜いていくけれど、そんな中でも少しずつつながっていく術を私はちゃんと分かっている、と思う。ちゃんと今日みたいな日が重なっていく。
誰かのつけた足跡をたどるのも飽きて、あたらしい白に足を踏み入れてみる。
ズボッ
ちいさな鈍い音がして、不器用なリズムを刻んで歩いた。私の足並みはさっきの少年よりしっかりしているのに、後ろ姿は頼りないんだろうな、と思った。
どうしてこの感覚が、懐かしいんだろう。
そういえば。寒いねと白い息を上に吐くと、熱いねとかえしてくれた人がいたな。なにそれ、って笑っていたけれど、そのかえしがとても好きだったな。
ひとりが好きだということと、寂しさを知らないということは、ちがうよね。寒いのはやっぱり苦手だけど、吐く息と雪が白くて、安心する夜だった。
寒いけど、寒いから、少しずつ物語が交差してつながっていく夜が今日みたいな日なんだろうな。