【第二章 了】連載小説「オボステルラ」 【第二章】59話「その旅路の向こうには」(6)
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「あ、帰ってきた!」
『フローラ』に着くと、ナイフとリカルドが出迎えた。2人を迎えに行こうと、リカルドが飛び出そうとしていたところのようだった。
「大丈夫? ゴナン。やっと熱が治まったばかりなのに…」
「ちょっと濡れちゃったけど、平気だよ。すぐ着替えるから」
「そうしなよ。また熱をぶり返すと良くないから。ミリアも早く着替えておいで。その服のお手入れは僕がやるから、着替えたら持ってきてね」
リカルドがあせあせとゴナンとミリアの面倒を見る。まるで父親ね、と微笑ましくリカルドを見ていた、が…。
(あら…?)
ゴナンもミリアも雨に降られた後だというのに、表情が少し晴れやかになっているように見える。何かあったのかしら、と少しワクワクしていたところ…。
「……ただいま……」
「わっ、エレーネ! お帰りなさい…!」
2人以上に濡れ鼠になってしまったエレーネが、ふう、と息をはきながら店へと戻ってきた。
「エレーネ、あなたもお外に出かけていたの?」
「………ええ、そうね。まさか雨に降られるなんて…」
心配そうに声をかけるミリアに、エレーネは2人を見守っていたことは明かさない。立場上、どうにもミリアの「引きの悪さ」の影響をもろに受けてしまいがちだが…。
「エレーネ……、大変だったわね」
ナイフはタオルを渡しながら、小声でねぎらった。エレーネはナイフの好奇心に輝く表情を見て、ふふっと微笑んだ。
「残念ながら、あなたが期待するようなトキメキなことは何もなかったわよ。景色の良い場所で話をしていただけ」
「……あら、そうなのね。残念」
そう肩をすくめるナイフ。とりわけゴナンの表情が、店を出る前とは明らかに変わっているのを、不思議に感じていた。
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2日後の朝。
ついに、『フローラ』を出発する日を迎えた。向かうは南にある、工業と職人の街・ツマルタ。ゴナンとリカルド、ミリア、エレーネ、そしてナイフが、それぞれ旅支度を整えて表に出てくる。寮に残っているキャスト達が見送りに出てきてくれた。
「あの…、ナイフちゃん。今からも一緒だけど、ひとまず、お世話に、なりました…」
ゴナンはナイフにそう、頭を下げた。正直、彼女に拾われていなかったら今のような状況になっていなかったはずだ。ゴナンは旅立つ瞬間になって改めて、そのありがたさをひしひしと実感していた。
「なあに、改まって。なんだか泣きそうな顔じゃない」
「なんか、ちょっと寂しいなって思って…」
そう言って、『フローラ』の店内を見るゴナン。街の中でもかなり特異な場所で、1ヵ月にも満たない滞在だったが、なんだかんだで自分の居場所というか、家のように思ってしまっていた。ナイフはそんなゴナンの様子に感激して、ギュッと抱きしめた。
「ゴナン…! もう、うちの子になっちゃいなさい!一緒にここに残りましょ!」
「ちょっと、ナイフちゃん! 今から旅立つってときに誘惑はやめて」
リカルドが慌ててナイフを引き剥がす。ゴナンは気に留めず、ロベリアにも頭を下げる。
「いろいろ、街での暮らしのことを教えてくれて、ありがとう…」
「こちらこそ、私のことで迷惑を掛けてすまなかったね。元気で…」
ロベリアはゴナンの肩に手を添え、優しい笑顔で送り出した。
「さあ、行こうか」
見送りのキャスト達に手を振り、目映い朝日の下で、南の街へと歩みを進める一行。
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「あ、そうそう。これをゴナンに見せようと思っていたんだ」
まだストネの街中の街道。リカルドは懐から1枚の紙を取り出した。
「ほら、前に言ってた、ミリアのお兄さんのアーロン王子の肖像の写し。街の本屋さんで見つけたんだよ」
「ミリアの、お兄さん…」
ゴナンは目を輝かせ、その紙を受け取った。そこには、豪華な正装を身に纏い、優しげに微笑む青年の姿が線描で描かれている。
「…ミリアに似てる…」
「うん、そうだね。特に目とか、口元とか似ているね。多分、髪色も同じかな。2人とも王様似なのかなあ。王妃様は金髪だそうだものね」
リカルドは笑顔でそうミリアに尋ねるが、ミリアは、「ええ、そうね」と冴えない表情だ。家族の話を聞くと、いつもこのような表情になる。家出をしていることの負い目からであろうか。それとも、もしかしたら親子仲や兄妹仲が悪いのか。
(とはいえ、ここまでそっくりだと、やはりミリアは「本物の方」というのが確定的だし、そして周りにバレやすいということだな。気をつけないと…)
リカルドはそう思案した。しかし、こんなにあきらかに「兄妹」に見えてしまうと、城の中で影武者を立てている意味がないのではないだろうか? それとも、影武者同士も似ている者を探すのだろうか…。
そんな事を考えていると、横から肖像を覗き込んでいたエレーネが、驚いたように呟いた。
「それにしてもこの肖像、生き写しのようね。しかもこんなに小さな紙に。これを描いた画家は、相当な腕前なのかしら」
「…それは、写真、というものを元に描かれた肖像よ。そのままの景色を箱の中に閉じ込めて、紙に写すことができる機械があるの。その写真をなぞって版に描いている絵ね。写真元本は、印刷が難しいから」
「へえ、写真を元に描かれているのか。それでも、本物みたいだ」
リカルドのテンションがもう一段上がる。
「写真機は戦乱が終わって帝国から流れてきたものだね。なぞっているとは言え、絵画よりも随分、生々しい感じだね、すごいなあ。ツマルタの街でも写真の機械、つくってないかな? 僕も一度見てみたいんだよなあ」
「…この機械の作り方の技術は、帝国が堅く秘しているそうなの。これも、王城に特別に贈呈された機械で描いたものよ。分解を試みようとしたけど、仕組みが複雑で元に戻せるかが確定ではなかったから、それも止めたの。例えツマルタでも、難しいと思うわ」
そう説明するミリアの口調は暗く、伏し目がちだ。リカルドはそうかあ、と呟き、ミリアにその写しを渡した。
「はい、ミリア。持っておく?」
「……ええ…。ありがとう」
ミリアは素直に受け取った。その肖像をじいっと見つめ、大切に折りたたんでバッグへと収めた。
「ああ、もうすぐ街を出るね。今日は野営だから、ゴナンの狩りの腕前を見たいところだな」
「……うん、任せて。このあたりは獲物がいっぱいいるから、たくさん獲るよ」
相変わらず表情はあまり変わらないが、目を輝かせるゴナン。門をくぐり抜け、街の外へと歩みを進める。
旅路の向こうを、ゴナンはまっすぐに見据える。まだその先に何があるかは分からないけど、卵を探すことに、自分なりの思いを乗せて。何も欲せず、何事も受け入れるばかりだったゴナンが、初めて自分の意志で足を踏み出した瞬間だった。
〈第二章 了〉
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