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連載小説「オボステルラ」 【第二章】32話「襲来」(4)
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(卵が、ある? この店の、どこかに……?)
卵のことで思案を巡らせるリカルドの前で、床に倒れるロベリアの腹に男がドカッと蹴りを入れる。
「考えたものだ。夜の街に隠れるとは思っていたが、まさか女装で派手に化粧するとはな。こんな気持ち悪い変装、なかなか見つけられなかったわけだ」
「ちょっと…」
ロベリアを貶めてさらに蹴りを加えようとする男の胴を、ナイフは鋭く蹴って、体ごと吹き飛ばした。店の壁に激しくぶつかり、その男は気を失う。他の男達を視線で威嚇しながら、ナイフはロベリアを抱き起こした。あくまでも、キャストを守るのが彼女だ。
「ロベリアちゃん、どういうこと…?」
「それは……」
聞かれても、ロベリアは答えない。代わりにリーダーらしき男が叫ぶ。
「そのトムスは、我々が見つけて保管していた巨大鳥の卵を盗み出した犯罪人だ。かばい立ては無用だ!」
「巨大鳥の卵……」
リカルドはナイフから渡された剣を構えながら、男達にわざと知らない風に尋ねた。
「あの伝承の卵? そんなものが、本当に実在するのか?」
その言葉に、件のデイジー指名男が答える。
「我々は確かに見た。そして悲願を叶えるために丁重に保管していたのに、軍の駐屯所の事務員だったこいつがこっそり盗み出したのだ」
「軍……!?」
「おい!」
うっかり「軍」の言葉を漏らしたデイジー指名男を、リーダーがたしなめる。
「まあ、プライベートを装ってはいても、雰囲気がどう考えても軍人だろうなとは思ってはいたけど…。軍属の人間が国境を越えた先でこれは、まずいんじゃないか? つい数年前まで、戦乱で争っていた国だよ」
リカルドのその言葉に、リーダーの男は冷淡に答えた。
「我が国の事情ではあるが、この男を匿っているなら、この店も同罪だ。問題はない」
「理由が何であれ、軍人がわが王国の領土内でわが国民に害を為すなら、帝国の示威とみなし王国の軍も動かねばなりません」
たまらずそう叫んだのはミリアだ。リカルドが焦って、「ミリア、黙って!」と声をかける。
「…お前はあのときの女か…。ますます、この店は何か怪しいな…」
じろりとリーダーの男がミリアに注目した。
その時ーー。
「ね、スゴい音がしたけど、何かあったの……? ……わわ!何事!」
ヒマワリが裏口から店に入ってきた。
「ヒマワリちゃん!来ないで!」
ナイフがヒマワリの方を見て叫ぶ。リカルドもヒマワリに目線を移した、その一瞬の隙。デイジー指名男が飛び出して、ミリアの手を引っ張った。
「きゃ…」
しかし、「止めろ!」とゴナンがその手に飛びつき、すぐに剥がす。そのままミリアをヒマワリの方に押しやった。訳が分からないまま、ミリアの前に立ち守るヒマワリ。
「おっ、デイジーちゃんか。お前でもいいや。弱そうだからな」
「?」
デイジー指名男はニヤリと薄ら笑うと、瞬く間に片手でゴナンを後ろ手に拘束した。まだ熱があり体力が落ちていることもあって、ゴナンは体に力が入らず、手を振りほどけない。デイジー指名男は剣をゴナンの喉元に突きつける。
「ゴナン!」
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「ありきたりな脅し文句だが、こいつの命が惜しければ、こちらの言うことをききな…。こちらは卵のためなら、人命の一つや二つ、奪ってもまったく障りはないんだ…」
その体勢のまま、デイジー指名男とゴナンと共に、ロベリアの方に近寄っていく。
「…おい、卵はこの付近に隠してあるんだろう? 場所を教えろ、さっさと出せ。お前には必要ないものだ」
「無駄だ! 私はもう、願いを叶えた!」
ロベリアは大声で叫んだ。
「何…?」
「だから、もう意味はないだろう。デイジーちゃんを離してあげてくれ」
「願いを叶えたとは、どういうことだ、トムス…?」
リーダーの男がロベリアに詰め寄る。
「見ての通りだ! あんた達が言ってたこの気持ち悪い変装とやらが、私の人生をかけた願いだったんだよ。卵を持って帝国から逃げ出して、今、私は希望通りの世界の中で生きているんだ! 卵があるから、願いが叶っている。もう邪魔をしないでくれ」
「……ん?」
ロベリアのその叫びを聞いて、リカルドは首を傾げる。
「ロベリアさん。願いを叶えるために卵を盗んで、自分が持っていたカツラや衣装も持ち出してこの国に来て、女装しながら生きるために『フローラ』で働き始めたってことですか?」
「え、ええ……、そうです」
「……」
リカルドは少し考える。卵が願いを叶えたというより…。
「……ロベリアさん、それは、卵は関係なく、自力で叶えているように、僕には思えるんだけど」
「彼らが搬入してきた巨大鳥の卵がなかったら、私はこんな行動には出ることはなかった。あの伝説の卵の姿を見た瞬間、私には天啓が降りたんだ。この卵と共に今すぐ国を出て、夢を果たすべきだと」
「……?」
卵で願いを叶えるとはそういうことなのだろうか? どうにも話の前後が逆のような気はするが、リカルドはそれ以上尋ねるのを止めた。とにかく今、目の前で、ゴナンの首に刃が当てられているのだ。
一方で男達は、ロベリアのその話を聞いて顔を見合わせ、何かを確認したようだった。
「ということは、やはりまだ卵は持っているんだな? お前のそんな些細な夢はどうでもいい。とにかく卵を出せ」
そう言ってデイジー指名男は剣に少し力を加える。ゴナンの首から血がにじんできた。
「やめろ!」
「卵を出せ! あれが軍でどれだけ丁重に扱われていたか、お前も知っているはずだ。一個人の愚かな願いのために持ち出すとは…」
リーダー格の男が迫る。デイジー指名男はさらに剣を当てる力を強めた。ゴナンの首から血がしたたり落ちるほどに流れる。ゴナンは痛みで顔を歪め、恐怖に体を震わせる。リカルドとナイフは近寄ろうとするが、手を出せない。
「ゴナン…!」
「……わかった……!」
ロベリアが絞り出すようにそう口に出し、観念したようにうなだれた。
「わかったから、その子は離してあげてくれ……」
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