『観る、物語』書店に並ばない10行の物語 ベトナム ボート難民がたどり着いた「常盤橋」の果て
2 0 0 2 年 7 月 1 2 日、東京地裁−。懲役20年を言い渡されたブ・バン・ホアは、裁判長をまっすぐ見つめ、ベトナム語で応えた
「控訴しません 」もはやすべてを運命として受け入れようとするかのような、ある種の覚悟さえまとった響きが、耳に奇妙に憑りついた
ホアは1 9 8 9 年にベトナムを脱出し、日本にやってきた「ボート・ピープル」のひとりだった。日本定住後は土木作業員をしながら窃盗などを繰り返し、すでにいくつかの前科を持っていた。そして出所後にホームレスとなって日本橋・常盤橋に住み着く
ある日、日本人ホームレスの侮辱に耐えかね、文化包丁で心臓を刺したのだった。ホームレスとなったホアは、日本人仲間から残飯集めやタバコの調達を命じられながら生活し、あるいはダフ屋のためのチケット並びなどをやっ て糊口をしのいでいた
ホアが住み着いた常盤橋の下には川が流れている。 その、排水によるものだけとは 思えない、日本社会の矛盾をまるごと呑みこんだような色なき色の濁りを眺めなが ら、ホアはやはり自身の辿った人生を重ねることがあったのだろうか。川面から顔 を上げれば、すぐ真横には、壮麗な日本銀行の旧館があった
ホアが船に乗って漕ぎだしたメコン川のある場所で 、笑顔の少女と出会った
そこから流れ着いたホアの、夢見ることを失った表情にもかって、こんな笑顔の季節があったのかもしれなかった