リスボン、裏路地の食堂で出会ったサルディーニャ【ポルトガル紀行①】
「リスボンに行ったら、地元の食堂でサルディーニャが食べたい」
そう言って向かったのは、観光客向けのお店が立ち並ぶ、繁華街の大通りを一本入った裏路地にある、小さな食堂。
中には赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスが引かれた白く四角いテーブルが並んでいて、等間隔で、こちらを向いて黙々と食事をしている地元のおじさんたちがいた。
それを見て「ここはきっと、いいお店だ。」
二人でそう言い合って、中に入ってみる。
「ボンジーア!」
元気よく明るい笑顔で話しかけてくる女性に促されて、赤ワインを飲んでいるおじさんの二つ隣のテーブルに腰掛ける。
メニューを一応開いてみたものの、頼むものは最初から決まっている。
リスボンの名物、サルディーニャ(Sardinha)だ。
正確には、イワシの炭焼き(Sardinhas Asadas)。
これは、イワシに塩を振ってグリルしただけの、シンプルな料理。
食べるときは、オリーブオイルやビネガーをかけたりする。
これをビーニョベルデ(vinho verde)と呼ばれる軽い白ワインと一緒に食べるのが、ポルトガルでよく見られる食事らしい。
前に読んだポルトガルのエッセイに出てきて、いつか絶対にリスボンの食堂で、このセットを頼んでみたい、とだいぶ長い間、夢見ていた。
けれど、この日はポルトガルに来て6日目。
そんなにお酒が強くもないのに、調子に乗って毎日ワインばかり飲んでいたせいで、「ちょっと今はワインはいいや…」という情けない展開になってしまった。
泣く泣くサルディーニャとイカのグリルを注文する。
しばらくして、先ほどの明るく笑顔が愛らしい女性がサルディーニャとイカのグリルをテーブルに持って
来てくれる。
一週間いて、ポルトガル料理の量の多さが 分かってきて少々身構えていたけれど、心なしか、これまでよりも量が少ない気がする。
今までは二人でシェアしてようやく完食、という感じだったけれど、ここは一人で食事をしているお客さんが多いから、一人で来ても完食できる量を出しているのかもしれない。とっても良心的だ。
ぷっくりしたイワシにナイフとフォークを入れる。
ふわりと柔らかい身を噛み締めた瞬間、じゅわっとイワシの脂が口に広がる。
身はほくほくしていて、皮は程よく香ばしい。
血合も全く臭みがない。
気づくと二匹ぺろっと平らげてしまって、「あれ、もうないの?」と、ポルトガルに来てから食事で初めて抱いた感想がこぼれる。
とっても軽くて食べやすくて、何よりイワシに脂が乗っていて、本当においしかった。
「日本では、こんなに美味しいイワシはきっと食べられないね」
言い合って、サルディーニャの旨味を噛み締めた。
ああ、ビーニョベルデと一緒だったら、もっと美味しかっただろうな。。
次は、これのために、前日のお酒は控えよう。そう強く決意した。
イカのグリルもぷりっとしていて食べ応えがあて、ジューシーで美味しかった。
けれど、食べ終えるとやっぱり満腹。
ちょうどいいと思っていたけれど、ポルトガルの食事は、やっぱり私たちには少し多かったようだ。
ふと、地元のお客さんたちはどうなんだろう、と思って周りを見渡してみると、サルディーニャやバカリャウなど、そこそこ多い料理のプレートを、一人で綺麗に完食している。
その上、デザートにオレンジやメロンを頼んでいる人もいる。
さらには、750mlの瓶に入った赤ワインも、気付いたらすっかり空になっている。
ポルトガルのおじさんたちの胃袋は計り知れない。
どのおじさんも漏れなく、料理にワイン、その後にデザート、さらには食後のコーヒーまで頼んでいる。
その様子が面白くてしばらく眺めていたら、黄色く四角いものがお皿に乗って運ばれて行くのが見えた。
「プリンだ。」
ガイドブックで見ていて、ポルトガルのプリンがなんとも美味しそうな卵色をしていて、見つけたら食べたいと思っていたら、ここで出会えた。
料理があまりにも美味しかったので、デザートもきっと美味しいだろう、と思って、追加でプリンを注文する。
私たちのテーブルにそれが届くまでに、さっき運ばれたプリンは斜め前に座るおじさんが美味しそうに平らげていたから、きっと二人でシェアすれば食べ切れるだろう、と思っていた。
けれどこれもまた、そこそこボリューミーな大きさが来た。
でーんと横たわる、プリン(Puddim)。
少しだけ力を入れて、スプーンが入るくらいの硬さ。
口に含むと卵の優しい甘さと、カラメルのほろ苦さが溶け合う。
まろやかでなめらかな口当たりで、プリンの上と下の部分の食感が、なんとなく違うところに手作り感がある。
そこがまた何とも言えない美味しさで、上の部分だけ掬ってみたり、下の部分と一緒に食べたりと、いろんな食べ方をしていたら、思ったよりもすぐに、こちらも完食してしまっていた。
ただ美味しいだけじゃなくて、なんだかとても特別なものを口にしたような気持ちになって、思わずにんまりしてしまう。
お会計をしようとしていたら、常連さんと思しき男性と、店員の女性がお互いのくるぶしを蹴り合うような仕草をして、楽しげに盛り上がっている。
カウンターに立ってコーヒーを飲んでいる店主らしき男性も、その二人に向かって何やら声をかける。
店全体がわっと湧き上がり、笑いが起こる。
彼らが何を話していたのか聞き取れなかったけれど、お客さんと店員さんの距離が近くて、ついつい常連になってしまうような気軽で楽しい食堂だということは、充分に分かった。
ちなみに、このあと他のお店でもサルディーニャを食べてみたけれど、ここのお店よりも美味しいサルディーニャはないだろうという結論に至った。
次にリスボンに訪れる時は、ここでサルディーニャと、今度はちゃんとビーニョベルデを頼みたい。
そして、その時は、わたしもポルトガル語で冗談の一つも言えるようになっておきたい。そんなことを思った。
リスボンの裏路地の、明るい昼下がり。
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