普段行かない街で新しくオープンしたバーの話を聞いて、行ってみた話
たまには足を伸ばして普段行かない街まで飲みにいくのも悪くないものだ。
先日、行きつけの美容院で髪を切ってもらっていた時に、担当美容師さんの知り合いが新しくバーをオープンした話を聞いた。
そのバーの場所は普段あまり行かないところで、私の家から行くのであれば、最寄り駅に行ってからさらにバスに乗り換えて行かなければならないようなところ。
でも、住宅街のなかにひっそりと構えている隠れ家のようなお店という話に興味を持って、しかもこのコロナ禍であえてお店を開くチャレンジ精神を応援したいと思った私は、担当美容師さんからお店の名前と住所を聞いて帰った。
そして昨日、「行くなら今日かな」と仕事終わりに感じた私は、眠気を訴える体の声との間で悩みながらも、思い切ってそのバーまで行くことにした。
◇
バスから未開拓エリアに降り立った私は、Googleマップでだいたいの位置を把握した上で、バーのある付近まで足を進めていった。高級マンションが並ぶような住宅街で、週末の夜でありながらひっそりとしている。本当にこんなところにバーがあるんだろうかと、ほんのり暗い道を歩きながら考えていると、それらしき場所を見つけた。
そのビルは少し明るく照らされているとはいえ、お店は表からは見えない。なるほど、これは確かにお店のことを知らなければ見過ごしてしまう。隠れ家というのもあながち間違いではないようだ。
ビルの敷地内に足を進めていくと、事前に聞いていた名前と一致するお店を見つけた。そして、さらさらとした質感の木目調のドアが私の前に立ちはだかった。いくらウイスキーをはじめとするお酒を嗜んできた身とはいえ、触っていなくても重く感じられるドアを初めて開けるこの瞬間は、さすがの私でも勇気が要る。行ったことのないバーに入るまでの"試練"ともいえる瞬間で、客として認められるかどうかの選定は入る前から始まっているのだ。
(さあ。〇〇さんの知り合いっていうことだけど . . . どんな人だろう。話の感覚の合う人だといいんだけど . . . )
ドアに左手をかけると同時に深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
ここまで来たらあとはもう入って流れに身を任せるだけ。合わなかったら早々に失礼すればいいだけだ。
そう覚悟を決めた私は、「せーの」と心のなかでかけた合図と同時にドアを勢いよく開けた。
少しだけ暗い、お酒を飲むのに適した雰囲気。
話し声が聞こえる。これは先客がいるようだ。
少し気が張った状態で内装を観察していると、バーカウンターの仕切り越しから「こんばんは」と挨拶が聞こえてきた。ハッと我に返って、平静を装いながら「こんばんは」と挨拶を返した。
念のため、カウンターの空席を手で示しながら「どこでも大丈夫ですか?」と確認を取ると、「はい、どうぞ!」と気さくな対応をしてくれた。
黒を基調とした高級感のある内装。そして、お店のドアと同じように、さらさらした質感の木目調のバーカウンター。話すのに向いている、大きすぎないお店。
あぁ、これは当たりかもしれない。
少し緊張が緩んだ私は、まずはジントニックをいただくことに。
私がバーに行くとだいたい最初に頼むのがジントニックだ。行きつけのお店ではタンカレーやクラフトジンでいただくことが多いけど、今回はお店にあったヘンドリックスのジンでいただくことにした。
プレッシャーを与えるつもりはないものの、つい作る様子を見てしまう。行きつけのお店の店主は氷を最後に入れるけど、このバーの店主は氷を最初に入れて、ジンを入れた後にくるくると混ぜていた。しかし、最後にトニックウォーターを入れてマドラーで底から掬い上げるように混ぜていたのは、両者とも共通していた。
同じドリンクでも人によって作り方が変わるのか、それとも素材に応じて変えているのだろうか。大変興味深い。いずれにしても、やっぱり観察していて飽きない時間だ。
そして、出来上がったヘンドリックスのジントニックを口に含む。ライムの爽やかな味わいとトニックウォーターの苦み。そして、ヘンドリックスの上品な香りが混ざり合って、余韻を残しながら鼻から抜けていく。美味しい。
雰囲気のおかげもあるのだろうか。それとも、私の好みが変わったのだろうか。ヘンドリックスのジントニックを飲んだのは数年ぶりだったけど、こんなに美味しいと感じるとは思わなかった。
少しずつ飲みながらバーカウンターの奥に目をやると、ウイスキーのボトルがたくさん並んでいる。主に10年、12年と書かれている定番どころを幅広くおさえているようで、行きつけのお店では見かけない銘柄もあった。そのなかには私のお気に入りの銘柄のひとつであるバルヴェニーもあった。
一時期手に入らない状態が続いていて、それから何年かは飲めずにいたけど、今は値上がりした状態で再販されているようだ。
これを良い雰囲気のなかで飲めると考えたら、そのためだけに来る価値はある。私はそう確信した。
しばらくすると、「今回はなにがきっかけで当店に来てくださったんですか?」と案の定訊かれたので、共通の知り合いの名前を出すと、それからは打ち解けるのが早かった。
予想外だったのが、このバーの店主さんが、当初の予想とお店の雰囲気に反して気さくな方だったということ。長い付き合いの知り合いに対しての話し方に表れる、コミュニケーションの取り方も勉強になった。
例えば、それぞれの年齢の話になって、その場にいる全員が実年齢よりもっと若く見えるという話が出てきた時に、店主はお店をオープンする前からの長い付き合いである女性客をいじり始めたのだ。
店主「でも42歳には見えないよねー」
全員『見えない!』
女性「ほんとー?」
店主「うん、見えない。41歳ぐらいに見えるわ。」
女性「ぶははははww(爆笑)」
私『1歳だけ!ww』
お酒の入ったその場の空気を文字だけで表し切るのは不可能も同然なので、これだけではうまく伝わらないかもしれない。
でもこんな具合に、持ち上げてすぐにディスる(失礼のない範囲で落とす)という、私から見れば高等テクニックに映るその会話の繰り広げ方が、私にとっては勉強になったし、カウンターの客全員で大笑いしてしまうほどの楽しい時間が過ごせた。
お店に行く前は、ジントニックとウイスキーを1~2杯飲んでサッと帰るつもりが、話が盛り上がって3時間も滞在していた。いつの間にか、「あぁ、このお店は当たりだ。また来よう。」と確信に変わっていた。
しかも、飲んだことのないウイスキーの選択で迷っていた時には、候補を2本に絞るとなんと試飲までさせてくださって、新しいウイスキーとの出会いもあった。
それだけではない。今回こうして新しいお店との出会いがあっただけでなく、前々から知っていたのになかなか行けずにいたお店が実は評判の良いところだったことを話のなかで知って、さらに行動の幅(行きたいお店)が増えたのだ。しかもよりによって、店主が認めるそのいくつかのお店は、私の家の近くにあるお店だった。近くにあるところほど意外と行かないものなので、こうして話を聞けたのもなにかの縁なのかもしれない。
そしてなんと、お店を出てから、バーで居合わせた他のお客さんともう一軒別のバーに行くことになったのだ。しかも、そこは前々から名前だけはよく聞いていたお店だったので、「ここでつながるかぁ . . . 」と、縁を感じずにはいられなかった。こうやって世界が広がっていくんだなぁと、その日にバーに行くことを決めた私自身を誇りに思った。
その別のバーは、一軒目のバーとはまた少し趣の異なる、開放感のあるトロピカルな雰囲気のバーで、この涼しい時期に相応しい場所だった。コロナ対策も兼ねてか、入口を開け放っていて、一軒目と違ってむしろ入りやすいお店で、バーにもいろいろなカラーがあるんだなぁと感心した。
こちらでは一軒目では話さなかった、男女関係にまつわる深い話もして、一軒目とはまた異なる濃い時間を過ごすことができた。
この二軒目のバーはカクテルが売りのお店とのこと。しかも料理も美味しいそうなので、また改めて顔を出しにいきたいと思う。
帰りの夜風もまた涼しくて、余韻を楽しむにはもってこいの、最高の一夜だった。たまにはこういう一夜もないとやっていられないというものだ。
◇
経験にお金を使うのもまた立派な自己投資のひとつだ。どういうお店かを知ることができるのもひとつあるし、お店で会話をするなかで情報も手に入る上に、勉強になる話も多い。今後生きていくなかでの話のネタが増えて、お酒の味や香りを知ることもできる。そう考えると、世界も縁も広がる、とてもいい人生への投資だと思うし、同時にお店の支援もできる。
行きつけのお店に定期的に行くのもいいけど、たまには違うお店や普段行かない街へ足を運んでみるのも、日常への新しい風になるし、今回のように新しい出会いや楽しみが見つかるかもしれない。
思い立ったが吉日で「チェックしにいってみよう」という程度のつもりだったのが、まさか二軒も新しいバーに行くことになるとは私自身も思っていなかった。バーでお酒を交えた夜の出会いもまた、時として行動の幅を広げてくれたり、新しい知識がついたりと、人生をさらに豊かなものにしてくれる。
もう少し夜に出かけてみよう。そう実感した一夜だった。
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