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いつだって香りは自分を操る魔法という話

魔法使いになりたいガールだった頃から、どうしたら現実の世界で自分が「魔法」を使えるようになるのかを、ずっと考えていた。
考え至ったその結果、私は音楽家として生きることになり、香りの使い手となった。
学生時代からずっと幾多のレポートやノート、論文の執筆をこなして、テスト前に単位を落としそうな知人友人を救ってきた(私もまた救われてきた)のも、「魔法書」の著者気分だったから。
これからの未来も、日々を彩りちょっと良い気分を起こす「魔法」の使い手でありたいと思っている。
これまで2000人を超える方々に香りの魔法をお伝えしてきた。
そんな私が考える「魔法」とは何なのか、少し振り返ってみることにする。

**日々を彩る香りの魔法とは

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感動→行動→影響のループを、私は魔法だと思っている。

私は香水が好きだ。
香水に限らず、香るものなら何でも好きだ。
ただし市販の紙タバコと電子タバコ以外。

香りは空気にとけて、一瞬でその場の色を変える。
足元に重くまとわりつく「なんとなく乗らない」ムードを晴れやかに変えたり、目覚ましい集中力を解放させてくれたり、笑顔のタネを撒いてくれたりする。
悲しみには安らぎを与え、
内省や祈りの時間には自らの思考を深くしてくれる。
良い香りが何処からか漂えばその魅力に心奪われ、ひととき足を止めるだろう。

香りは空気にとけて、目に見えない。
けれどもその空気は「雰囲気」となり、感じ取った人の心に揺らぎや動きを生む。
心が動けば、人は行動する。

これを「感動」という。
知りたいと思う強烈な好奇心と、なりたい未来に向かう行動力をもたらす、特別な感情である。

香りを使うということは能動的に「雰囲気」を操り、自分の心を動かすきっかけを作ることなのだ。なりたい気分に自分を導くこともできる。

私は、それこそが香りの魔法だと思っている。
物語の世界のように呪文を唱えたら変身できる、杖を一振りすれば願いは叶うというわけにはいかないけれど。
私たちは香りによって日常を彩り、内なるひとときを輝かせることができる。

**或いは記憶の鍵として

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パンの焼ける匂いで思い出すのは、いつもパリの情景だ。
クロワッサンをトースターにかければ、こんがり焼ける小麦とバターの匂い。
パリの安宿での、慌ただしくも楽しかった朝食を思い出す。

焼きたてのバゲットに鼻を近づける。
朝早く友人と買いに行った朝食用のバゲットを、家に着く前に一本食べ切りそうになってしまったことを思い出す。

秋の朝、冷たい空気の気配がし始めると、街を見下ろすブダの丘を登り、朝日にかがやくドナウ川と青空のコントラストに感嘆をこぼした人を思い出す。

香りによって曖昧な感情が混ざり合った記憶が、鮮やかに呼び起こされる。
みなさんにもご経験があることかと思うが、この現象は「プルースト効果」と呼ばれている。
マルセル・プルーストがその半生をかけて書いた小説「失われた時を求めて」の一説で、主人公が紅茶に浸したマドレーヌの香りで幼少時の情景を思い出すというシーンから、この名がついたと言われている。

ノスタルジーは、自我や価値観の形成に大きく影響するだろう。そして自分が今どこに立っているのかを明らかにしてくれる。

遠い昔の記憶の扉をひらく、あるいは人生の羅針盤の箱を開ける、まさに魔法の鍵である。

香りの音階=「香階」との出会い

19世紀初頭、自然科学の世界では「美」という極めて主観的な分野に科学的目線で切り込む研究や実験が盛んだった。
その試みの一つがS.ピエスの「香階」である。
ドレミファ・・と、音を低い方から高い方へ並べた自然音階にならい、香料を持続性の高いものから揮発性が高いものへと規則的に並べた「香階」。
そのような試みを考えた人物が歴史上存在していたことを知るや、やはり点と点は線で繋がっているのだと、実感を新たにしたことを覚えている。

「香階」と同時期には調性に色をつける試みもあったし、遡って17世期には調性格論(調の性格づけ)が流行ったりしていた欧州では、さもありなんな研究である。
香り、音、色はそれぞれ一見違ったもののように思えるが、「美」とは総合的・普遍的なもので、やはりどこか共通の観念で繋がっているのでは?と考えた人たちが多かったということだ。

ある音楽を聴いたとき、この琴線の震えは一体なんなのだろう?と、誰しも一度は考えたりするだろう。
そしてある香りを聴いたときにも同じく心が震えること、心身に緊張と弛緩をもたらすことについても、同じように考えるだろう。

人は自分が知りたい。より良い自分になるために。
「この胸にわき起こる気持ちは一体何なのか?」と、自分の奥底を探りたくなる。
そして人は自分を操りたい。明日も良い日になるように。
自らの価値観を反映した本能的とも言える心の反応、その根拠をより強固にする結末を、音だけではなく香りに求めたところで、なにも不思議なことはない。

だから私は香階に基づいた曲を聴き、対応した香りを同時に聴き、「何を感じるか?」「感じたものにある規則性や共通点はあるか?」を探る遊びに興じている。
おかげさまでこの音と香りの遊びには多くの人がお付き合いくださり、数年で2000人以上の方に、この考えを広くお伝えできたと思っている。

**なりたい気分はどんな気分?

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私たちの内側に気まぐれで曖昧に湧き起こる気分というものは、外側からの刺激やきっかけで如何様にも操れる。香りはそのきっかけの一つだ。

「なりたい気分はどんな気分?」と鏡に向かって聞いてみる。
そして、クローゼットを前に今日の予定を思い浮かべて服を選ぶのと同じように、選んだ香りを身に纏ったり空間に漂わせたりすることをスイッチに、気分を変えることができる。

まるで魔法の杖を振るような、一瞬。
なんて簡単、効果ばつぐん。

私の日々を彩ってくれる「香りのワードローブ」とその選び方については、また近いうちにお話できればと思っている。

自分を彩る香りの魔法、お試しあれ。





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