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香りで読み解くクラシック【オペラ「ばらの騎士」編】 2020年加筆改訂版

これは2017年12月、新国立劇場で上演されたリヒャルト・シュトラウス作曲のオペラ「ばらの騎士」に、東京フィルハーモニー交響楽団のエキストラとして出演させていただいた折に、個人的な投稿としてFacebookに書いたものを加筆修正したものです。
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昨日から今朝にかけて、香りという切り口から《ばらの騎士》への妄想を繰り広げていたら、田園都市線の急行列車に乗ってしまっていたことに気づかずに目的地を乗り過ごし、情けないことに三軒茶屋から池尻大橋までひとつ戻るという地味なヘマをした。ヘマをしてまで妄想めぐらせた私が思う香りと音楽物語について、ひとつ記事にしてみようかと思う。

愛を得る女、その普遍的な方程式

このオペラの主役である美青年・オクタヴィアンは、ありがちな年上女性への憧れが動機となる、元帥夫人とのあれやこれやな関係があるのだが、そんな関係を卒業する運命の恋に落ちる。オクタヴィアンとゾフィー、若い二人の恋が始まる瞬間に存在するのが、ペルシャ産ローズの香油である。

エロジジイ・オックス男爵との望まない婚約に戸惑うゾフィーは、男爵からの贈り物を届けにきたオクタヴィアンとともに、婚約の証である銀で作られたバラの造花が入った箱を開ける。その美しい造花からは生きたバラの香りが漂い、その香りに二人で顔を寄せたその瞬間、オクタヴィアンはあっさりと目の前の若い女に、運命っぽい恋心を抱いてしまうのである。
あれ、あなた、ついさっきまで元帥夫人となんやかんやしていませんでしたっけ。

ゾフィーをして「生きた花のよう」と言わしめた銀のバラの香り。

わたくしは!
「オペラから学ぶ女子力」的名シーンが此処であると!
声を大にして言いたい!

「生きた花のような」美しい香りは、好ましい第一印象を導くためのキーアイテムとなること、それも嫁入り前の若々しい娘であれば、やはりナチュラルで上質な「みんな大好き」ローズの香りは必定であることが、このシーンからご理解いただけるだろうか。
クレオパトラしかり、マリー・アントワネットしかり、デュバリー夫人やポンパドゥール夫人しかり、ヘンリー2世の妻ロサムンディしかり・・歴史上愛と地位を得た女性の傍には、常にバラが存在してきた。それはバラの香りと女性の魅力はイコールであり、いついかなる時代でもモテを呼ぶ普遍的な方程式であることを示している。多様性の時代である現代にまで、花の女王・香りの女王として、バラは絶対の存在感を誇っていることが、なによりの証明だろう。
若い女の魅力を増大させるのはフレッシュなバラであるという、時代を超越した普遍的な方程式が、物語の「恋のアクシデント」として、初々しく美しい描写で描かれるのが、第一幕のこのシーン。

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diptyque "Eau Rose"(私物)。バラの香りは香水メーカー各社が気合いを入れて作っているが、こちらはとりわけ爽やかで初々しい。

銀のバラの香りづけに使われた「ペルシャ産のバラ香油」は、時代設定的にも考えられうる最高峰のバラの香りである。
ローズ香料の素になるダマスクローズは、その発祥の地が古代ペルシャ(現在のイラン)だったといわれている。そこから古代エジプトへ渡り、ローマ帝国で隆盛し、ヨーロッパに渡り、フィレンツェのメディチ家やナポレオンの妻ジョゼフィーヌなどの手によって、栽培技術や香料採取技術はどんどん発展していった。
R.シュトラウスが「ばらの騎士」作曲に着手した1909年頃には、だいぶ市中に出回るようになっていたものの、まだまだ高貴な人にしか手に入れられなかった至高の香りであった。その香りを贅沢に纏わせた贈り物が婚約の証であるという設定と、香りをきっかけに恋に落ちるという最高のときめき設定に、原作者・ホーフマンスタールの類稀なる才知が感じられるのである。

魅了する女・元帥夫人のマチュアな香りとは

この歌劇を通し、最も共感を得る登場人物は元帥夫人ではないだろうか。自身の女盛りはとうに過ぎていることを知っているが故に、「今」で時を止めることを願い悩み、彼女にとっての「過去」である若さの象徴・オクタヴィアンの「未来」を促し、自身もまた現実とその先の人生を受け入れる。進むことやめない、凛々しく潔い大人の女だからだろう。

劇中では元帥夫人と香りが直接結びつくシーンは特に存在しないが、彼女を象徴する香りについては、改めて見立ててみることにしようと思う。
ベタにいくなら、序曲〜第一幕のあれやこれやのせいで催淫性の高いジャスミンやイランイランを思いつくのだろうが、オーストリアが誇る唯一気高い女性の名を持つ元帥夫人が、そのような小手先のお色気な香りを選ぶものか。
元帥夫人とは、時代を越える女性観を持ったキャラクターであり、何より「今を生きる」女性像が反映されている。ゆえに、オペラ上演当時のマチュア女性的な流行から読み解き、ハプスブルク家ご愛用のゲランかクリードの香水をチョイスしたいところ。
樹脂ベースにアイリスやスミレ、スパイスなどで作られた、ギュンとしてパウダリック。
濃厚さと清潔感が両立する知性ある香りがふさわしいだろう。

王道から外すそのマインドこそが成熟の証。
だから美青年が虜になるんだよ。
マルシャリン、ヴンダーシェーン。

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 diptyque "Fleur de peau"(私物)
「肌の花」という名前そのままに、自身の肌と香水が馴染み、独特のミルクのような柔らかな香りに変化する。

憎たらしい、愛すべき悪役に捧ぐ

ここまでくるとオックス男爵の香りは何にしようかな、である。
「まだ自分イケてる思ってる若い人に失礼で女にだらしないオッさん」略してマダオなオックス男爵には、思いきりカッコつけたレザーやタバコが薫るアニマルノートか、イタリアのちょい悪オヤジ的ベーシックなマリンノートがお似合いだ。
(ちなみに喫煙者男性諸氏に、この湿度の高いアジアでマリンノートはお勧めしない。ぜひ禁煙に成功してから、存分に纏っていただきたいものである)

「あ、これ?気づいた?マジでいい香りじゃない?今ロンドンで流行ってる香水商が出したばっかりの香りなんだよねー、あ、もちろんロイヤルワラント。発売日に召使い並ばせて手に入れたわーハハハ(高笑い)」
みたいなのつけててほしい。
しかも自分でタバコも吸うもんだから、せっかくの香水と匂いがまざって大失敗、みたいなこともありそう。コメディ的魅力もしっかり湛えた愛すべき悪役には、豊富なメンズラインを持つ英国王室御用達香水商ペンハリガン、そしてフローリスの香水をチョイス。

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FLORIS"Bouquet de la Reine"(私物)エリザベス女王即位50周年を記念して発表された香水"The Queen's Bouquet"の復刻版である。

お見立ていたします。

というわけで、《ばらの騎士》登場人物とシーン別に選んだ香水リスト2020年改訂版はこちら。

【第一幕: まといつく肌の香】
✴︎GUERLAIN "Insolence"
ゲラン 《アンソレンス》 オードパルファム

✴︎diptyque "Fleur de peau"
ディプティック《フルール・ド・ポー》オードパルファム

【第二幕: 初々しい2人の恋の始まりには、バラを】
✴︎BULY HUILE Antique "rose des damas"
オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー
《ユイル・アンティーク/ローズ・ドゥ・ダマス》ボディオイル

✴︎diptyque "Eau rose"
ディプティック《オー・ローズ》オードトワレ

3幕: 怒りのオックス男爵
✴︎FLORIS  "ELITE"
フローリス《エリート》オードトワレ

オペラ「ばらの騎士」のお勧め盤はこちら。

「オールドファッション」のキイワードにピンとくる方は、C.クライバー×バイエルン国立歌劇場の映像作品をどうぞ。オーケストラピットのクライバーがたまに映るんですが、美しい指揮姿にうっとりします。

稀代のスボン役エリーナ・ガランチャの美麗なオクタヴィアンと、NYメトロポリタン・オペラの豪華演出をお楽しみいただけます。見ても聞いても美しい世界観で、全力で推せる。

いきなりとんでもないテノール聞こえてきたから誰だと思ったら、なんと三大テノール・パヴァロッティ様だった件。ショルティ指揮×ウィーンフィルの名盤ですが、チョイ役までもったいないくらいの名キャスティング。

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