合わせるロボット
ALOHA!ナナ子です
私の人見知りは素晴らしく絶賛されるほどでしょう!
母はこの世を旅立つ時に
「人見知りが酷すぎて、世の中を生きていけるか本当に心配した。
でも、大丈夫やった。よかった。」と
私は、母のスカートを掴み母の影で身を潜めるような人だったし
私は父に嫌われてる、そんな思いと相まって
母が私の命綱だったのです。
友達を自分から作ることはないのですが、
世の中には自分から声をかけれる、気さくな人がいるもんで、
(ありがたき幸せ。それに救われてきた私)
声をかけられれば、
流されるように友達になってゆく
それも、一人二人いれば
私には十分幸せなことで
なんとな〜く
他人軸で過ごした学生時代。
友達が誘ったからバレーボール部
高校も姉が行ってたからその学校
友どちがバイトするってゆうたからバイトする
友達が〇〇ええよっていったから、私もそれ!
合わせるロボット化していた私
全く世の中に興味を示さない
ただ、生きてるだけのような学生時代
高校卒業する時も
何も目標もやりたいこともなく
流されるように、大っ嫌いな父の仕事を手伝うことになった。
さあ!ここから私の人生が大きく揺れ出した
第二の人生だった・・・・
はじめて自覚する目に見えての壁です!
今の自分を作る準備段階の揺さぶりです!
これがハワイの叡智そして26年後の今の私に繋がるのですから、
ありがたい話です♪
ではでは、今日はこの辺で・・・・
ps:「父に嫌われている」そう思い込んでいたこともあり、
自分への肯定感は全くなかったですね。
感受性が高かったということもあり、とにかく人の感情に大きく揺さぶられていたし、人の意見に合わせたり、空気か悪くならないよに全力疾走していたように思います。
でも、それが、私の生きる世界の中で、足を引っ張り、どんどんと自分を苦しめてゆくことになるのです・・・・・
PSS:あっつ実は少しやりたことはあったんですが、賛成してもらえないやろうと専門学校行きたとも言えなかった私でしたね〜^^;