「もう正義のヒロインなんて願い下げ!」第4話
〇広い道
空は曇天模様。
エレナとフェデリック、並んで歩いている。
フェデリック「アンナは——」
エレナ「え?」
フェデリック「アンナはこちら側につくだろうか?」
エレナ「……」
ポツポツと雨が振り出してきた。
〇大きな木の下
エレナとフェデリック、雨宿りをしている。
エレナ「アンナは、きっとこっち側につくよ。優しい子だもん」
フェデリック「(ボソッと)優しい……ねぇ」
フェデリックM「優しいのか、単に優柔不断なのか。それとも、単に自分が可愛いだけなのか」
雨がやまない。
〇お城・ミザリーの部屋(夕)
けたたましい音が鳴る。
ルドルフ「緊急出動、緊急出動、南部地区に魔獣が現れた」
ミザリー、深いため息をつく。
ミザリー、おでこに人差し指と中指を当て、仲間にメッセージを伝える。
ミザリー「皆、南部地区に魔獣が出たらしいわ」
ミザリー、ひと呼吸置いて、
ミザリー「悪いんだけど、今から大切な方との会食なの。今日は私抜きで行ってきて。どうせ南部地区だし、貴族はいやしないから、失敗したっていいから」
リリー・ソフィアナ・アンナ「なっ——」
ソフィアナ「なんてことを」
リリー、ソフィアナにかぶせて、
リリー「なんてことを言うの!?ミザリーだけズルいわ。私だって戦いたいわけじゃないし」
ソフィアナ「!?」
ミザリー、舌打ちをする。
ミザリー「じゃあ、こうしましょ。3人で戦ってきてくれたら……そうね……ご褒美としてリリーには貴族が集う舞踏会でどう?私、聖騎士団を代表して招待されているのよ。でもダンスには興味ないし、あなたが代わりに行ってきたら」
リリー「えっ♡」
ミザリー「ソフィアナには高価な薬草を。ルドルフから国王に進言してもらうわ」
ソフィアナ「高価な薬草!?まさか幻の……」
ミザリー「アンナには平穏な日々をあげる。あなたが今回の戦闘でちゃんと役に立てたら、私はもうあなたをいじめないわ」
アンナ「本当に?」
リリーM「舞踏会」
ソフィアナM「薬草」
アンナM「平穏」
リリー「よし!今日は任せて!皆、行くよ」
ソフィアナ・アンナ「ええ」
リリー・ソフィアナ・アンナ、お城を発つ。
ミザリー、3人を見送る。
ミザリー「せいぜい頑張ってね♡」
〇お城・司令官室(夕)
扉の奥で男女の声がする。
ルドルフの荒い息遣い。
ミザリー「もう、そこばっかり」
ルドルフ「ここがいいんだろう?」
ルドルフ、ミザリーの耳にキスする。
ルドルフ「まったく、たいした女だ。南部地区を見捨てて、男とこんなことしてるとは。さすが正義の聖騎士団様」
ミザリー「私だって……はぁ……はぁ」
ルドルフ「私だって?」
ミザリー「私だって好きで聖騎士団になったわけじゃないわよ。そんなことより、そろそろ元老院へ入れるのかしら?」
ルドルフ「どうかな。この間、オズワルド伯に怪我をさせて、勲章が遠のいたことだからね」
ルドルフ、舌打ちをする。
ルドルフ「エレナめ。あいつが貧民なんざ助けてるから……」
ミザリー、ルドルフに激しくキスをする。
ミザリー「あんな女の話なんかしないで」
ミザリー、微笑む。
ミザリー「それより、あなたが元老院へ入ったら、必ず私をグランドマスターにしてね」
ルドルフ、ミザリーの顔を撫でる。
ルドルフ「分かってるとも。欲深き女、ミザリー様……」
ルドルフ、身体を大きく揺らす。
ミザリー「っぁ……ん」
〇南部地区(夜)
戦闘でボロボロのリリー・ソフィアナ・アンナ。
3人とも肩で息をしている。
血を流した魔獣が横たわっている。
リリー「何とかなったわね、3人でも」
ソフィアナ「薬草のためとは言え、とんだ重労働…」
アンナ「もう……限界で……す」
〇フェデリックの邸宅・客間(夜)
ぼんやり星を眺めるエレナ。
ドアの開く音がする。
フェデリック「眠れないの?」
エレナ、振り向く。
エレナ「フェデリック。……ええ、そうね。なかなか寝付けなくて」
フェデリック「一緒に寝ようか?」
エレナ、赤くなる。
エレナ「冗談言わないでよ」
フェデリック「…ない」
エレナ「え?」
フェデリック「冗談じゃないよ」
エレナ、更に赤くなる。
フェデリック、優しく微笑む。
フェデリック「なんてね」
星が煌々と輝いている。
フェデリック「ところで」
少しの沈黙。
フェデリック「今度舞踏会があるんだ」
エレナ「それで?」
フェデリック「貴族の舞踏会だけど、聖騎士団からも1人招待されるんだよ」
エレナ「ということは」
フェデリック「現聖騎士団の長であるミザリーが来る可能性が高いだろうね」
エレナ「ミザリーが……」
ミザリー、拳を握る。怒りで震えている。
フェデリック「行ってみようか」
エレナ「え……」
フェデリック「行ってみようか、舞踏会に。貴族たちの中には議員もいる。いずれルドルフとミザリーの悪事を議会で明らかにするつもりなんだし、政治家と繋がっておいて損はないよ。それに」
フェデリック、エレナを後ろからそっと抱きしめる。
フェデリック「それに、ミザリーが来たってきみに手は出させないよ。絶対に」
エレナ、目をつぶる。
エレナ「行ってみましょうか、舞踏会。昔、少しだけお父様からダンスを教わったことがあるわ」
エレナ、フェデリックをやんわり押しのける。
エレナ「でもね、フェデリック、こういうことは愛する人にだけしてよね」
フェデリック「愛する人か……。そうだね、そうするよ」
ドアを閉める音がする。
エレナ、胸が痛む。
エレナM「なんでだろう。少しだけ胸が痛い」
外では星が輝き、梟がホーホーと鳴いている。
〇お城(夜)
エレナが向こうから歩いてくる。
疲れ切って顔を上げられないリリー。
ミザリー「あら、ご苦労様」
リリー、やっとの思いで顔を上げる。
リリー「……約束は守ってよね」
ミザリー「約束?」
リリー、怒って、
リリー「とぼけないで!舞 踏 会!」
ミザリー「ああ、そのことね。行ってらっしゃいな」
リリー、苛立つ。
リリー「会食はどうだった?美味しかったの?」
ミザリー、笑う。
ミザリー「そりゃあ美味しかったわ。あんな…」
回想シーン
× × ×
ミザリーとルドルフが裸で愛し合っている。
× × ×
ミザリーM「男」
ミザリー「あんな美味しいもの、みすみす逃がせなくて。今日はごめんなさいね」
ミザリー、去る。
カツカツカツ……とヒールの足音が遠ざかる。
リリー、無言で立ったまま。
〇舞踏会(夜)
ウキウキした様子のリリー。
リリーM「わぁ!なんて賑やか」
男性貴族、リリーに歩み寄りお辞儀をする。
リリーと男性貴族、踊る。
リリー、うっとりした表情。
男性貴族「ああ、なんて素晴らしい方だろう。あなたのお名前を伺っても?」
リリー「リリーと申します。今日は聖騎士団を代表して参りましたの」
男性貴族「ああ、聖騎士団の!日々我々をお守りくださり、ありがとうございます」
リリー「(照れて)そんな」
リリー、フェデリックを見つける。フェデリックの美しさに目が釘付けになる。
男性貴族「どうです、このあと——」
リリー、男性貴族の話を聞かず、フェデリックに近寄る。
フェデリック、複数の貴族と談笑している。
リリー「あの」
フェデリック「何か?」
リリー「あの……もしよろしければ、ご一緒に踊ってくださいませんか?」
フェデリック、少し困った顔で
フェデリック「お誘いありがとうございます、お嬢さん」
リリー、頬が赤くなる。
フェデリック「でも僕にはパートナーがおりまして。残念ですが」
リリー「あ……あ……そうですよね。ご無礼をお許しください」
リリー、恥ずかしさのあまり下を向きながら後ろへ下がる。
リリー、1人でお酒を飲んでいる。
リリーM「あーあ、誰も声をかけてくれないのね。いつもあなたたちを守ってあげてるというのに……」
リリー、空になったグラスを見つめる。
周囲、ざわつく。
女性貴族①「見て、あの方々」
女性貴族②「なんて美しい」
男性貴族①「あの女性……まるで宝石のようだ」
男性貴族②「どこかで見たことのある女性だな」
エレナとフェデリックが踊っている。
音楽家も思わず手を止めて2人を見入っている。
リリー「さっきの!それに一緒に踊っているのは……エレナ!?」
踊りが終わる。
女性貴族③「素晴らしい踊りでしたわ」
女性貴族④「美しいお方たち……まるで、この世の春のようです」
悔しそうに見ているリリー。
リリーM「どうして?どうしてあの方とエレナが一緒にいるの?」
〇舞踏会・外(夜)
フェデリック「(コソっと)どうやらミザリーはいないようだ」
エレナ「そうみたいね」
フェデリック「正義の聖騎士団として戦うきみも美しいけど、こうやってドレスに身を包んでいるきみも美しいな……」
エレナ「んもう」
リリー、割って入ってくる。
リリー「あらぁ!エレナじゃない」
エレナ「……!?リリー!?」
フェデリック「さっきの」
リリー「どうしたの、こんなところで」
エレナ「あなたの方こそ」
リリー「私?私は聖騎士団の代表として招待されたのよ。ほら、日頃から皆様をお守りしていますからね」
リリー、おどけてドレスの裾を少し持ち上げる。
エレナM「リリーが来たってことは、ミザリーは来ないのね」
エレナ「紹介するわね」
フェデリック「フェデリック・ド・フーシェです」
リリーM「名前にドが付くってことは貴族ね」
リリー「エレナったら、聖騎士団を去っても楽しくやってるじゃない」
エレナ、返答に困り戸惑う。
リリー「羨ましいわ。こっちは毎日戦闘でボロボロなのに。呑気に恋人まで見つけたようで」
エレナ「……だから」
フェデリック、エレナを制止する。
フェデリック「美しいリリーさん。僕と踊りませんか?勇ましい戦闘の話も伺いたいです。上に部屋も用意してありますよ」
エレナ、固まる。
リリー「ふぅん。さっきは断ったくせに」
フェデリック「先ほどの無礼をお許しください。まさか現役聖騎士団の戦士だったとは」
リリー、まんざらでもない表情で、
リリー「いいわよ。行きましょ」
リリー、エレナに向かって舌を出す。
フェデリック、エレナにウィンクする。
(続く)
第5話↓
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