「もう正義のヒロインなんて願い下げ!」第8話
〇フェデリックの邸宅・中庭(夜)
エレナ、フェデリックにそっとハーブティーを出す。
フェデリック、ハーブティーに目をやる。
エレナ「少しは落ち着いた?」
フェデリック「ああ、うん」
エレナ「あなたのルーツがどうであれ、私にとってフェデリックは信頼できる仲間であることに変わりないわ」
フェデリック、おもむろに目薬を出す。
フェデリック「これ……」
エレナ「ん?これは何?」
フェデリック「これは我々の民族特有の瞳の色を抑える目薬なんだ。見てごらん」
フェデリック、前髪をかき上げ、エレナに瞳を見せる。
フェデリックの瞳がみるみるうちに紫色に変色する。
エレナ「まあ」
フェデリック、前髪を下す。
フェデリック「気持ち悪いだろ?こうやって瞳が紫になるから、この目薬が手放せないんだ……」
エレナ、涙をこぼす。
フェデリック「泣くほど気持ち悪いかい?」
エレナ、首を横に振る。
エレナ「違う、違うのよ。昔、フェデリックと同じ瞳の色をした少年を助けたことがあって……。その子、元気にしてるかなって思い出しちゃったの」
フェデリック「エレナ……」
エレナ「フェデリックもその子の瞳も美しい紫色だわ。私は好きよ」
フェデリックの瞳に涙がたまる。
フェデリック、必死に涙をこらえる。
エレナ、フェデリックの涙に気づくも、気づかぬふり。
エレナ「(独り言のように)星が綺麗」
〇お城・叙勲式
出席者全員、正装している。
出席者の中に聖騎士団の司令官・ルドルフの姿はない。
国王が順に勲章を授与している。
フェデリック「(小声で)次はいよいよエレナの番だね」
エレナ、緊張して何も答えない。
国王「聖騎士団前団長エレナ殿」
エレナ、国王のもとへまっすぐ歩く。
国王「おめでとうございます。聖騎士団を退団してなおも我が国のために尽力し、国民を守ってくれたことに深く感謝します」
エレナ「ありがとうございます」
エレナ、ブロンズの勲章を受け取る。
エレナ、あたりを見まわして、
エレナM「ルドルフは、いないようね」
〇お城・国王秘書長官室
コンコンとノックする音。
国王秘書長官(スミス)「どうぞ」
スミス、エレナを見て、
スミス「おお!エレナくん!一体いつぶりだ」
エレナ、上品に笑って、
エレナ「おひさしぶりでございます、スミス様」
スミス「どうぞ、かけたまえ。コーヒーでよろしいかな」
エレナ「スミス様のコーヒー、大好きでございます」
エレナとスミス、コーヒーを飲む。
スミス「で、今日は一体」
エレナ、ブロンズの勲章を見せる。
エレナ「先ほど、このような素晴らしいものを国王陛下より賜りました」
スミス「これはこれは。おめでとう」
エレナ「ブロンズの勲章を受けた者は初級役職者の人事権を発動できると伺いました」
エレナ、スミスの目をまっすぐ見て、
エレナ「聖騎士団のリリーを退任させてください」
スミス、驚く。
スミス「どういうことだ?かつての盟友であるリリーを退任させたいとは……」
エレナN「私はこれまであったことの全てを国王秘書長官であるスミス様に話した」
スミス「そうか。そんなことがあったとは。急にきみが聖騎士団を辞めたと思ったら、そんなことが起こっていたとは」
エレナ、無言。
スミス「エレナ、きみの要請に従ってリリーを解任するよう元老院に伝えよう。ただし、ブロンズの叙勲者が人事に介入できるのは、ここまでだ。今のきみの権限ではミザリーやルドルフを解任することができない」
エレナ「承知しております」
エレナ、すっきりした顔で国王秘書長官室を出る。
フェデリック「お疲れさん」
エレナ「フェデリック、いつからここに?」
フェデリック「ずっといたさ。大事なエレナに何かあっては大変だからね」
エレナ「んもう、からかって」
〇城内の通路
エレナ・フェデリック、城内を並んで歩く。
突然、男の声がする
ルドルフ「久しぶり」
フェデリック、腰の短刀に手を伸ばす。
エレナ「……!ルドルフ!」
エレナ、怒りの表情。
ルドルフ「おーおー、怖えぇ顔してんな。今日はアレだ。エレナ様にお祝いを言いに来ただけさ」
ルドルフ、エレナに薔薇の花束を渡す。
ルドルフ「叙勲おめでとうございます、エレナ様」
ルドルフ、エレナに跪く。
エレナ、予想外の展開に戸惑う。
エレナ「え……」
ルドルフ、立ち上がって、
ルドルフ「(小声で)オズワルド伯に怪我をさせて俺を潰し、ミランダ伯に取り入って勲章を受けるとは、たいした女だ」
フェデリック、短刀の刃を少し出す。
ルドルフ「またお城へ遊びに来てください、エレナ様。そちらのハンサムな恋人とご一緒に」
ルドルフ、去る。
エレナ、花束を見つめる。
エレナ、フェデリックに向かって、
エレナ「帰りましょっか」
フェデリック、笑顔。ようやく短刀をしまう。
〇フェデリックの邸宅(夕)
エレナ「ただいま」
エレナが花束を生けようとした瞬間、
毒夜鳥「バサッ、バサッ」
何羽もの毒夜鳥が花束に群がる。
エレナ「きゃああああ」
フェデリック、駆けつける。
フェデリック「エレナ!」
毒夜鳥、花束とエレナをついばむ。
エレナの腕や顔が傷つき、血を流す。
フェデリック「この野郎」
フェデリック、剣で毒夜鳥を追い払おうとするが、毒夜鳥は全く怯まない。
フェデリック「これならどうだ」
フェデリック、市場で買ったイランイランの香料を毒夜鳥にかける。
毒夜鳥「ピギィィィィ、ピギ、ピギギギギィ」
全ての毒夜鳥、灰になる。
エレナ、怯えて泣いている。
フェデリック「エレナ、無事でよかった。あの毒夜鳥は独特の匂いに引き寄せられて飛んでくるんだ。もしやと思い、イランイランの香料をかけたけど、効いてよかった。あいつら、良い匂いが苦手なんだ」
フェデリック、エレナを強く抱きしめる。
フェデリック「この薔薇、きっと毒夜鳥が好む匂いがしこまれていたんだろう。ルドルフの野郎……許せねぇ」
エレナ、震えている。
エレナ「ど、ど、ど、毒夜鳥の好む匂いって簡単に作れるものなの?」
フェデリック「ああ、匂いのもととなる草さえ手に入れば、簡単に調合できる。聖騎士団には薬草調合士のソフィアナがいたな……。おそらく、ミザリーかルドルフがソフィアナに命じて作らせたんだろう」
フェデリック、イランイランの香料が入っていた空き瓶を見つめて、
フェデリック「せっかくエレナにプレゼントしようとしたのに。ごめん」
エレナ、フェデリックを強く抱き返す。
フェデリック「エレナ」
〇お城・ミザリーの部屋(夜)
リリー「嫌よ、嫌ったら嫌!どうして私が聖騎士団を解任されなきゃいけないの?」
リリー、ミザリーに向かって喚いている。
リリー「ねえ、何か言ってよ!」
ミザリー「……」
リリー「何か言えってば!」
少しの沈黙。
ミザリー「元老院が決めたことだもの、仕方ないでしょ」
リリー「どうして?」
ミザリー「エレナがブロンズの勲章を受けて、人事権を発動したそうよ」
リリー「(奥歯を噛んで)エレナが」
ミザリー、わざとらしくため息をつく。
ミザリー「あんたって本当、立ちまわり方が下手くそ」
リリー「どういうこと?」
ミザリー「風見鶏みたいにあっちこっち向いて、強そうな方につくけど、いつも詰めが甘いのよね。だから、こんなことになるんでしょ」
ミザリー、リリーに薄っぺらい封筒を渡す。
ミザリー「退職金。よかったわね。大好きな買い物ができるじゃない」
リリー「こんな金額で……。私を馬鹿にして」
ミザリー、部屋を出ようとする。
ミザリー「今日中には出てってよね。明日になれば、あなたは不法侵入者だから」
ミザリー、去る。
リリー、大声で泣く。
リリー「うあああああああん」
リリーの部屋の前で泣き声を聞くソフィアナ。
(続く)
第9話↓
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