「だったら植民地をください」第2話
◆ノースアイランド沿岸部
いきなり、「飲もう!」と言われたところで、先住民たちがそれに応じるはずがない。
幼子のような笑顔を向けるチャールズ、警戒する先住民たち。
先住民の若い男が近づいてくる。
チャールズ「名は?」
若い男「……ホルト」
チャールズ「ホルトか。英語を話すのだな」
ホルト「(無愛想に)多少」
ホルトは、他の先住民たちから向けられる「我々を支配する本国の人間と仲良くするのか!?」という視線を痛いほど感じている。
ノースアイランドは、独立を目指す先住民たちが本国政府に対して反乱を起こしている真っ最中だ。
ホルト「(チャールズに対して)何しに来たんだ」
ホルトは鋭い目つきでチャールズを見ている。
チャールズ「大ブリタニア王国の国王エドワードⅢ世より、ここノースアイランドを貰い受けた」
ホルト、現地の言葉で先住民たちにチャールズの言ったことを伝える。
ホルトよりも若い男が村の方へ走り出す。
大柄の男数名とお年寄りの男が先住民たちをかき分け、チャールズのところへ来た。
大柄の男1人が現地の言葉で何かを言う。
現地の言葉が分からず困惑するチャールズ。
ホルト「話をきこうじゃないか。村へ来い」
チャールズ、先住民たちについて行く。
数か月もの間船に揺られてきたため、陸地を歩くチャールズの足元がふらついている。
◆先住民の村
反乱とは無縁に思えるのんびりとした雰囲気が漂う村に着いた。
子どもたちは鶏を追いかけ、女性たちは炊事や洗濯をしている。
子どもたちは見慣れぬ外国人(チャールズ)に興奮している。
子ども「(チャールズに向かって)アロー(Hello)」
チャールズは子どもの挨拶に気づかず、先住民たちについて行く。
◆長老の家
ホルト「ここだ」
一目で権力者の住居であることが分かる場所へ着いた。
中へ入ると、初老の男性(長老)が中央に座している。
チャールズ「……。鈴木先生!?」
長老は、垂れ目の優しそうな顔つき、角ばった輪郭、薄い唇が世界史の鈴木先生にそっくりだった。
チャールズは動揺を隠せない。
長老は、鈴木先生と違い、ギロリと鋭い眼差しでチャールズを睨む。
ホルト「長老、連れて参りました」
長老「……」
ホルト「(チャールズに向かって)この村の長老だ。無礼のないように」
チャールズ、長老を5秒間見つめた後、
ガクン
跪いて頭を垂れた。
先住民たち「!?」「!!!」(言葉にならない動揺)
長老は驚きで震えている。
ホルト「……大ブリタニア王国の人間が我々に対して、跪いたのは始めてだ」
長老は男たちに合図を送る。
先住民の男たちが太鼓を叩き、歌い出す。
長老がサインランゲージでチャールズに対して歓迎の意を表明する。
他の男たちは踊り出す。
美しい生娘が、長老とチャールズの目の前で踊りを披露する。
(チャールズが歓迎されている様子)
長老「あなたは大ブリタニア王国の人間の中で唯一信頼できる人物だ」
流暢な英語でそう話す長老の身体には、昔、本国の人間から受けた傷跡がある。
チャールズ「……」
これまで散々な人生を送ってきたチャールズ(新海 渡)は、鈴木先生に似た長老に出会い、涙が溢れそうだった。
強く拳を握って涙がこぼれないよう我慢するチャールズ。
周りは太鼓に合わせて歌い、踊り続けている。
チャールズはようやく言葉を絞り出す。
チャールズ「私は……あなた方を暴力で支配しに来たのでは……あり……ません」
チャールズ(新海 渡)は町田と奈良から受けた暴力を思い出す。(回想シーン)
彼は、転生前に受けた暴力とノースアイランドの先住民たちが受けている暴力を重ね合わせている。
チャールズ「私と共に戦いましょう」
長老「……」
長老、静かに頷く。
チャールズ「まずは総督に会いに行く。ホルト、同行してくれ」
ホルト「……分かった」
日が沈み、周囲は暗闇に包まれているが、明るい太鼓と歌はいつまでも響いている。
◆ノースアイランド省へ向かう道の途中
舗装されていない凸凹の道が続く。
道端で横たわる高齢者、お金を乞う子ども。
無言で歩くチャールズとホルト。
◆大ブリタニア王国領ノースアイランド省
立派な建物。
ここではノースアイランド総督が執務にあたっている。
チャールズ「ここか」
ホルト「ええ」
ノースアイランド省の周辺道路だけ整備されており、花も秩序正しく植えられている。
チャールズ、さっき見た光景との格差を目の当たりにして心を痛める。
ホルト「行きましょう」
守衛2人がチャールズとホルトを止める。
守衛①「おい、何者だ」
ホルト「大ブリタニア王国の皇太子・チャールズ様だ」
守衛①・②、笑い出す。
守衛②「こんなところに皇太子が来るはずないだろう」
海岸で胸の勲章を取り払い捨ててしまったので、チャールズが本国の皇太子だと証明するものは無い。
長い船旅で日に焼け、たくましくなり、髭が伸びきったチャールズの姿からは、彼が王室の一員だとは思えないのも当然である。
守衛①・②、まだ笑っている。
軽いため息をつくチャールズ。
チャールズ「100ロイヤルポンドは持ってるか?」
守衛①「けっ、最初からそれが目的だったんだな」
守衛はチャールズとホルトを物乞いだと思い込んでいる。
笑いを堪えながら、大ブリタニア王国の紙幣100ロイヤルポンドを取り出す守衛。
守衛①「?」
チャールズ「よく見てみろ。そこに描かれているロイヤルファミリーを」
守衛①、紙幣に顔を近づける。
守衛①「こここここ、これは」
守衛①、のけぞる。
守衛②「?」
守衛①「これはこれは、大変失礼いたしました」
守衛②、紙幣とチャールズを見比べて青ざめる。
紙幣には国王のエドワードⅢ世と4人の子どもが描かれている。
守衛①「ノースアイランド省総督ウォーレン様のところへご案内いたします」
大きくて立派な建物。
守衛①、チャールズ、ホルトの後ろ姿。
◆ノースアイランド省、執務室
歴代総督の肖像画が飾られている。
執務にあたっている総督のウォーレン。
秘書「守衛から知らせがございました。本国よりチャールズ様がお見えのようです」
ウォーレン「チャールズが?フン、あの出来損ない。何しに来たんだ」
秘書「……」
ドアの外側には立派な獅子の形をしたドアノッカー。
ホルトがそのドアノッカーでドアをコツコツと叩く。
秘書がドアを開ける。
キィ
静かにドアが開く。
ウォーレン「チャールズ様、久しくお目にかかります」
チャールズ「ウォーレン総督」
チャールズ、歴代総督の肖像画をぐるりと見渡す。
チャールズ「本日中に画家を呼ぶといい。ここに飾る肖像画を描かせねば」
ウォーレン「?」
チャールズ、国王からの親書を手渡す。
親書を読むウォーレンの顔が段々青ざめる。
ウォーレン(モノローグ)「これは間違いなくエドワード国王の署名」
チャールズ「長きに渡る勤め、ご苦労であった」
焦るウォーレン。
ウォーレン(モノローグ)「まずい、総督の座を明け渡してしまえば、反乱を鎮圧するために本国から手に入れた武器を売りさばいていたことがバレてしまう」
秘書「……」
ウォーレン「(冷静に)国王の命令に従います。しかし、」
チャールズ「しかし?」
ウォーレン「どうか、肖像画が完成するまでの間、私をこの総督の座に留めてくださいませ。残った執務も片づけたいことですし」
チャールズ、執務机に重なっている書類の束に目をやる。
チャールズ「いいだろう」
ウォーレン、喜びの表情。
ウォーレン「ありがとうございます」
秘書「では、画家を呼びましょう」
ウォーレン「ルブランを呼んでくれ」
秘書「……かしこまりました」
秘書、去る。
◆ノースアイランド省(翌朝)
画家のルブランが総督ウォーレンの肖像画を描いている。
秘書はポーズをとるウォーレンの近くに立っている。
ウォーレン「先日、武器庫が反乱勢力に襲われたな」
秘書「そのような記録は……」
ウォーレン「記録なんて無くて結構。記憶さえあれば」
秘書、うつむく。
画家、黙々と描き続ける。
秘書「記録を改ざんしたとして、武器を売って得たお金はどうするのです?」
ウォーレン、描き続ける画家・ルブランを見る。
ウォーレン「ルブラン先生」
ルブラン、手を止める。
ルブラン「はい」
ウォーレン「あなたは素晴らしい画家だ。肖像画の代金は、10,000ロイヤルポンドでいかがです?」
ルブラン「(目を丸くして)そんなに頂けるのですか?」
ウォーレン「もちろん。絵が完成したら、すぐにお支払いしますよ」
ウォーレン、満面の笑み。
ウォーレン「請求書をお願いします」「国王エドワードⅢ世宛に」
ルブラン(モノローグ)「おかしいな。いつもはノースアイランド省宛なのに」
ニコニコ微笑むウォーレン。
無表情の秘書。
ルブラン(モノローグ)「まあ、いいか」
ルブラン「かしこまりました」
◆ノースアイランド省、執務室
チャールズの訪問から20日間が経過した。
チャールズとホルトは再びウォーレンのもとを訪れた。
ウォーレン「チャールズ様、お待ちしておりました」
チャールズ、執務室をぐるりと見渡す。特に変わったところは無さそうだ。
ドサッ
秘書が書類を机上に置く。
ウォーレン「我が大ブリタニア王国がノースアイランドにもつ資産の目録です」
チャールズとホルトが目録に目を通す。
チャールズ、顔を上げて
チャールズ「ウォーレン総督」
ウォーレン「何か?」
チャールズ、口角を上げる。
チャールズ「やってくれたな」
(続く)