
#05 記憶の修理屋|超短編小説|一話完結
湊は"記憶の職人"として名を馳せる静かな修理屋だった。
彼の仕事は普通の修理屋とは異なる。手にするのは金槌でもドライバーでもなく、目に見えない、わずかに震える"記憶の素粒子"を整えるための特殊な道具や技法だった。
ある日、彼のもとに一人の女性が訪れた。彼女は疲れきった様子で、椅子に腰掛けると静かにこう言った。
「私、何度も同じことを繰り返しているような気がして…もう、どうしていいかわからないんです。」
湊は黙って彼女の顔を見つめた。彼女はそれ以上、話そうとしなかった。しかし、目の前の女性の記憶には、何かが歪んでいることを感じ取ることができた。それはただの"過去"ではなく、彼女の内面に深く潜む感情や思いが記憶の中で、無意識に再編成されているようだった。
彼は静かに立ち上がり、仕事を始める準備を整える。湊の道具は、どれも一見普通のものに見えるが、そのすべてが記憶の"素粒子"に干渉するために作られていた。手のひらサイズの小さな箱、金属製の薄い板、そして見た目はただのガラス細工のような小さな球体。
しかし、それらは湊にとっては、すべてが精密な道具であり、記憶を調整するための必須アイテムだった。
湊は女性の前にその小さな球体を置き、目を閉じた。そして、ゆっくりと深呼吸をしながら、無意識のうちに記憶の"波動"を感じ取る。その振動は彼の指先に伝わり、女性の記憶の中にある微細な歪みを明確に浮かび上がらせた。
「これが、あなたの記憶の波動です。」
湊は女性にそっと言った。
「今、あなたの心の中でずっと繰り返されている痛みや迷いが、少しずつ形を変えて、正しい場所に収まる調整をしています。」
湊はその小さな球体を女性の頭の上にかざし、静かに波動を送る。それはただの”修復”ではなく、記憶の素粒子が微細に調整される作業だ。記憶の”歪み”が元に戻り、感情が穏やかに再編成されるとき、湊の手元にはほんのわずかな振動が伝わってくる。
それは、何かが変わる兆しだった。
しばらくして、湊は手を止める。女性の顔には、穏やかな表情が浮かび上がった。記憶が完全に"修復"されたわけではない。しかし、その記憶は彼女が今の自分にとって必要な形に整えられ、傷跡が温かい光に包まれるように感じられた。
「どうですか?」
湊は、美しい円を描く記憶の波動を見せながら、尋ねた。女性は少し驚いた顔をしてから、ほっと息をついた。
「不思議です…なんて言ったらいいのか…頭の中がスッキリしたような気がします。すみません、うまく表現できなくて。」
湊は微笑みながら、軽く頷いた。
「どんな記憶も、完全に消えることはありません。忘れた頃に、ふと思い出して苦しむこともあります。それをどう受け入れ、どう生きるか、私たちは常に自分自身の記憶とともに生きています。過去の記憶を持ちながらも、今の自分を大切にしていこうと意識すること。それが、私たちの持っている"真実"だと思います。」
女性は深く感謝し、湊に軽く頭を下げた。
湊の手からはもう、記憶の素粒子は感じられなかった。だが、心の中に新たな"平穏"が生まれたことが感じられるような、静かな時間が流れた。
あとがき
私は、実際に亡くなられた方のメッセージを受け取る時、その方自身(魂と呼ばれる存在)からではなく、その方が残していかれた「記憶のかけら」を拾っているのではないかと、感じることがあります。
いつも不思議に思っていて、私の頭では解明できなくて困っています…。
日常生活のなかで、何か記憶のエラーがあったら修理とか整理とか、出来たらいいのになぁ」と思い、小説にしてみました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました✨ *芳雪*