料理外交ってすごい〜朗読劇スプーンの盾を観て〜
「スプーンの盾」というめちゃくちゃ面白い朗読劇を観てきました。
東京のシアタークリエでやっていたものですが、たった4人の演者と生の音楽演奏だけで、圧倒されるような迫力の歴史的なドラマの世界に飛び込めました。
葉加瀬太郎さんのファンなので、よく葉加瀬さんのラジオを聴いているのですが、そこで藤沢文翁さんがゲストでお話していて、料理の美味さで、フランスを守ったすごい料理人がいる、その人の朗読劇をやる、と聴いて、なんだかすごく面白そうだ、と思ったのです。
そして、葉加瀬さんと藤沢さんが、欧米では、子どもがいる夫婦でも、子どもを預けて舞台を観に行くことは普通で、それが文化発展の力であって、日本もそうあってほしい、的な会話をしていて、なんか、そういうことをしてみたい、と思い、いざチケット予約!
美味しいってすごい!
正直、アントナン・カレームという人のことは、何も知りませんでした。
でも、料理という美味しい武器で、フランスを守ったすごい人なのだと知りました。
ナポレオンが各地に侵略戦争を仕掛け、その後失脚し、敗戦国となったフランスは、領土を割譲され賠償金を負わされるはずだったウィーン会議。
外交官タレーランの活躍で、フランスは、領土を取られることも、賠償金を払うこともなく、会議は終わったと言います。
世界史の教科書では、「正統主義」の主張がフランスを守ったと書かれますが、教科書には出てこない人、ウィーン会議の夕食会の料理を作ったのは、料理人カレーム。
戦勝国のイギリスやロシア、プロイセン、オーストリアの各国の外交官の好みを調べ、相手が喜ぶような演出と料理・デザートを出し、もてなした。
フランスの食文化の凄さを示し、目の前の人を喜ばせ、楽しませ、心を虜にした。「美味しさ」で、人の心を掴んだ。
カレームは、事実、10歳で親に捨てられ、貧困の中でお腹を空かせる辛さを身に沁みるほど味わっていた人で、「空腹はいけない!人が泥棒をするのは、空腹だからだ!」と、無銭飲食したマリーにご飯を与え、「食べてくれた人の笑顔が大好きなんだ!」と無邪気に笑う、そんな純粋な少年という印象を受けました。人に美味しいご飯を与えて幸せにしたい、そんな根源的なエネルギーが、フランスを救ったのかと思うと感動します。
そういえば、以前読んだウクライナ料理の本で、私は初めて「料理外交」(ガストロディプロマシー(Gastro-diplomacy/美食外交)という言葉を知ったのでした。元々は、2002年にイギリスの週刊経済誌「エコノミスト」が、タイの文化宣伝活動を評して使ったのが始まりだそうです。
が、実際には、19世紀のフランスでも料理外交は行われていたし、きっともっとずっと前、人が人として人と共に食べていた時から、料理外交は行われていたのでしょう。
今の日本の外交はどうなんだろう。日本政府にタレーランはいるのかな、そして、日本にカレームは、いるのかな。和食文化は世界遺産だし、日本の美味しくて豊かな食文化は、フランスに負けない。日本のソフトパワーの力は計り知れない。
訪日外国人旅行者もたくさん日本の食を楽しんでくれているし、そういう意味では、美味しさで人の心を掴んでいるカレームは、きっと、日本の飲食店や家庭にそこら中にいて、日本のソフトパワーを日々世界に知らしめ、日本を守ってるんだな。
日本を守るのは防衛予算だけではなくて、「日本の外交力」の何%かを支えているのは、何万もの市井のカレームたちなんだろうなとも思いました。
私が大好きなアリス・ウォーターさんは、人の心を動かすのは、論理的な講義や説明ではなく、ハッとするような美味しさや美しさだ、と言っていました。
言葉を超え、人種を超え、価値観を超え、ハッとするような「美味しさ」で、人の心は動くもの。「ペンは剣より強し」と言うが、ペンは食えない、スプーンの方がペンより強いんだ、とのカレームのセリフがあります。
日本人的に言えば、「箸はペンよりも強し」という感じかな。
とにかく、美味しいってすごい!!人の心を動かし、国を動かす力がある。
「美味しさ」という武器を、私も獲得したいなぁと思ったのでした。
構成がすごい!
朗読劇って、正直そこまで期待してなかったのです。台本をただ読むだけの静かで地味な感じなのかな、と。
しかし、全然そんなことはなく、むしろびっくりするくらいに世界観に引き込まれました。
出演者はたったの4人、誰もが知るナポレオン、外交官タレーラン、料理人カレーム、助手マリー。そして、その後ろに、ピアノ、バイオリン、チェロ、フルート、パーカッションの5人の演奏者。
4人のセリフと、5人の音楽だけで、10歳で親に捨てられたカレームが、タレーランに拾われ、ナポレオンがクーデターを起こし、帝王となり、戦争に突き進み、失脚し、ウィーン会議が終わるまでの歴史ドラマと人間ドラマを描いていて、すごいとしか言いようがない。藤沢文翁さん、すごい。
舞台の上には4人しかいないのに、革命で荒れ果てたフランス市民の疲弊した姿が浮かんだり、クーデターに驚くフランス議会議員の顔が浮かんだり、カレームの料理に感動するイギリスの外交官の表情が浮かんだり、全ては私の想像の中だけど、色彩豊かに見えてくるのがすごい。
音楽も情感たっぷりすぎて、舞台の大道具はほぼ何も変わらないのに、ミュージカルのように、悲しさや喜びが心に入ってくる。本当に素敵でした。
声優さんってすごい!
今回、タレーラン役の緒方恵美さんに惚れました。
他の声優さんも、もちろん素敵すぎたのだけど、アニキ、かっこよかったです。セーラーウラヌスの声の人だったなんて。貫禄が凄かった。
「フランスを守ってください」「全ての人は家族だ。共に食卓を囲もう」「皆この世界の晩餐会の客だ」最後のタレーランのスピーチは響きました。
終演後の挨拶で、「自分はエンタメしかできない、皆さん日本を守ってください」と言っていましたが、アニキ、あなたは既に声優として日本のソフトパワーを世界に知らしめ、日本を守っています!
誰の声かはわからないけれど、舞台の幕が上がる前の「携帯電話の電源はお切りください」のアナウンスの声の男性も、声だけでもう聞き惚れました。
声優さんの声を生で間近で聴いたことなど初めてで、声のプロって、こんなにも素敵なのかと、ずっと聴いていたくなる心地良さでした。
「お腹をすかせてご来場ください」という藤沢さんのイントロダクションがありましたが、食べ物は何一つ食べてないのに、本当にもう、心もお腹もいっぱいです。
と言っても、帰り道はお腹が空いていて、カレームがエクレアを考案した説を知ったので、エクレアが食べたくなり、買って帰りました。