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短編小説『バンド』

母は昔から歌がうまかった。
だから「歌手デビューする」と聞いてもあまり驚かなかった。
それからは音楽のことでしか褒められもしなかったし、怒られもしなかった。
日に日に音楽へ執着していく母を俺は嫌った。
音楽を初めて伝えたいこともなかったのでポップを書いた。
母はそんな俺に対して怒ったが、俺は気にも留めなかった。
そんな矢先、母が死んだ。
悲しみとか、悔しさとか、罪悪感とか、いろいろなものが渦巻いて離れなかった。
それを書きなぐっていたらいつの間にか詩ができていた。
俺はロックを始めた。
母がろくに弾きもせずに遺したギターセットから俺はピックをもらった。

ある日、武藤が俺に話しかけてきた。
「おい篠田、お前最近ライブのパフォーマンスが落ちてるぞ。」
それが心配していることでないくらい、俺にはわかっていた。武藤はそういう奴だ。
「わかってるよ。」
「…何だその返事は。理由を聞いているんだ、俺は。」
「じゃあ言ってやるよ。前の下北でピックが折れたんだ。」
「何だ、そんなことか。」
その時、俺の中で何かがぷつん、と切れた。
「そんなことってなんだよ!俺はあのライブのあと言ったよな!?母さんの形見だって!」
「知るか!てめえがグズグズしてるからこっちは迷惑してんだよ!」
「ああわかったよ!てめえが人の心を持ってないってことがな!」
「じゃあ休めよ!それをお前は望んでるんだろ!?」
「言わなくたって思う存分休んでやるよ!てめえを半殺しにしたあとでな!」
ああくそ、もう止められない。
昔から短気だ。そのくせ熱はすぐ冷める。
もう嫌だ。
俺は武藤と殴り合いの喧嘩をした。他のバンドメンバーがいない日で良かった。
自転車を漕ぎながら見る夜の街は綺麗で、俺が喧嘩をしたことなどちっぽけに見えた。
ぼんやりと横断歩道を渡る途中に、クラクションが聞こえた。
気づく間もなく俺は浮いた。体がコンクリートに打ち付けられる。
運転手が声を掛けてくる。ひどい耳鳴りで何も聞こえない。
電話とバイクの音がする。武藤の声が聞こえたような気がした。

目が覚めた。
「起きたか。」
横には武藤がいた。
「ここはどこだ?」
「見ての通り病室だ。」
「大丈夫か篠田?」
よく見えないが、瀬摩と吉﨑もいるようだ。
「ごめんな。心配かけて。」
「いいさ。こっちこそごめん。お前の気も知らずにあんなこと言っちゃって。」
「武藤が‥謝った!?」
「あの傍若無人で厚顔無恥で横暴な武藤が!?」
「言い過ぎだぞお前ら。」
俺は笑った。
「変わらないな、お前らは。」
「まっ、安静にしとけよ。また明日来るから。」
「ああ。じゃあな。また明日。」
言う通りに武藤は次の日も来た。
「よ」
「や」
「調子はどうだ?」
「ぼちぼちかな。」
「退院はいつぐらいになる?」
「2ヶ月後くらいかな。アルバムに間に合わないな。」
「そうか。」
「なあ、伝えたいことがあるんだが。」
「…分かるさ。」
「話が早くて助かる。」
「瀬摩さんと吉崎には伝えとくから。」
「分かった。」
「…ごめん。」
「俺もごめん。」
「これからは三人で頑張るから。」
「応援してる。」
それはただの世間話のように過ぎ、取り留めもない話をしてあっという間に夜になった。
「それじゃあ、退院したらな。」
「おう。」
武藤が帰って、俺は夜の病院で泣いた。

それからは仕送りとかサポートベースの収入で過ごした。初めてやったバイトは混乱したがすぐ慣れた。
バンドは結局解散してしまった。俺がすごいやつだ、なんてうぬぼれではないが、俺がいないとダメそうだったから、「まあ、そうか」という感じだった。
瀬摩や吉﨑は俺のことを恨んでいるだろうか、と時々考える。あれから彼らとは会っていない。そんなことはないと信じていても、時々恐怖に襲われるのだ。
だから瀬摩が家に訪ねてきたときには驚いた。
「また、バンドをやらないか?」
「…冗談だろ?」
「本気さ。」
「俺が解散させたようなもんだったのにか?」
「あの時解散してしまったのは、お前に寄り添えなかった俺達のせいだ。すまない。」
「違う!武藤の言う通りだったんだ、俺がただうじうじしてただけだ。」
「ならお互い様だ。過去のことを掘り返しても仕方あるまい。」
「なんで俺なんだ?武藤はどうした?」
「武藤は誘ったが、「俺はソロでやる」と。」
俺は苦笑いをして言った。
「あいつらしいな。しかし、なんでまたバンドをやろうと思ったんだ?」
「なんで、か‥難しいな。強いて言うなら、今のお前ならいい曲が書けそうだ、と思ったからかな?」
「過大評価しすぎだろ。分かった、そこまで言うんならやってやるよ。」
「よし、決まりだな。どうせろくに弾いてないんだろ?昔の曲で合わせるぞ。」
「で、誰が歌うんだ?」
「俺だ。」
喋った所を見たことがない吉﨑が口を開いた。 
               〈完〉


この度はこんな作品を最後まで見てくださりありがとうございます。
『ぼざろRe.Re』を観て書きたくなった。やっぱりバンドっていいな。
説明が少なくて分かりづらい部分もあるとは思いますがアマチュアなもんでどうかご容赦を。

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