短編小説『星を壊す』
わたしは目を覚まし、大きく伸びをした。そして窓を開け、わたしに向けられた数多の銃口を見ながら、呟いた。
「今日もいい天気だ。」
一斉に発砲される。防弾ガラスに勢いよくぶつかった銃弾は、力なく落下していく。
「おい。」
「はっ。」
SPたちが迅速に非国民たちを処理する。いつもの光景だ。
わたしは時計を確認する。7時。まだ急ぐべきではないと考え、SPたちから届けられた新聞を読む。といっても情報操作によって、わたしに都合の良い記事しか載せられていない。なのでわたしが新聞を読む理由は、各社が売国的な記事を書いていないかチェックするためだ。また「◯◯が国外逃亡した」というニュースが並ぶ。日常茶飯事なのに、よくもまあ何回も報道できるなと呆れる。国外逃亡は違法ではない。ただ、国での評判が地に落ち、二度と故郷に返ってくることができないだけだ。新聞を閉じ、スーツに着替える。なるべく早く。総裁になった今、唯一の楽しみはこれくらいだ。52秒82。なかなかいいタイムだ。
「お車のご用意ができました。」
SPが言う。わたしは急いで玄関に向かい、黒塗りの車に乗る。刺客やスナイパー、爆弾魔をすり抜けながら目的地へ向かう。窓を眺めると、少年がこちらを向いていた。わたしがなぜ恨まれているかなんて知らない、純朴な瞳。
(あぁ…壊したい…!)
強烈にそう思う。きっとこういう性格だから、わたしは総裁に選ばれたのだろう。
ふと、わたしが総裁になった頃を思いだす。
たしか、あれはまだわたしが19歳くらいのときだったと思う。あの頃わたしは面接に落ち、周りで第二次就職氷河期と騒がれているのをいいことに政府をひたすら罵り、批判していた。あの日、わたしがいつものようにツイッターに愚痴を書き込んでいると、一件のリプライが来た。あのときは「国民救済党」と名乗っていたかな。
「あなたの意見に深く感銘を受けました。我々国民救済党はまだ小さい党ですが、政権交代を公約に掲げています。我々とともに政権に立ち向かいませんか?」
そんな文面だった。わたしは一度断ったが、彼らの熱烈なラブコールに負け、結局入党することになった。もともとコンサルなどの才能があったのだろう、わたしがアドバイスをした彼らはあれよあれよという間に政権を奪取し、独裁国家を形成した。
一人目の総裁は、わたしより先に入党した、なんの特徴もない男だった。体裁が整っていなかったので仕方ないところもあるが、何度も危険に見舞われ、そして暗殺された。
五人目の総裁は、政権発足前から人気だった、顔の良い男だった。彼はその人気で今まで達成しづらかった安全面の管理を強固なものにし、惜しまれつつ席を降りた。
七人目の総裁は、SPから政党幹部の座まで上り詰めた、屈強な男だった。彼は強かったが頭が足りず、またSPへ必要以上に感情を持ちすぎたため、幹部たちにより席を降ろされることとなった。
そして八人目の総裁にわたしにお鉢が回されたわけだが、今になってよく考えればなぜ今までわたしに回ってこなかったのだろう。多分、わたしが女だからとかいう理由だろう。「正義統一会」(今の国民救済党)は女性に対し男性が圧倒的に多い。国のトップがこんなもんだからこの国の男女格差レベルは第二次世界大戦前みたいになっている。
…とまあ、そんな感じだ。我ながら淡白な回想録だな、と思う。まあ、現実は「1984」のビッグ・ブラザーみたいに強大で謎に満ちた王なんか存在しないわけだ。
そんな物思いに耽っていたら、どうやら会議先へ到着したみたい。わたしはSP一人を連れ、車から降りた。長い廊下を渡る。
「しかし地方まで行くと刺客も少ないですね。」
SPが呟く。
「そうだね。この国は広いから、わたしのことも名前しか知らないんじゃないかな。」
「それよりも、あなたを狙おうとしている男どものほうが多いんじゃないんですか?」
「おっ、SPくん、それはもしかしてわたしがいい顔をしているって言いたいのかい?」
「自惚れないでください。ほら、着きますよ。」
SPが前を指差す。そこには「会議室」と表札が貼られている。わたしはSPを扉の前に残し、部屋の中に入った。
部屋の中に入ると、珍奇な服を着た青年がいた。
「いよーっす。元気だった?」
青年は言った。
「あなたねえ、大事な会談のときくらいスーツで来たらどうなの?」
わたしは呆れながら言う。
「いいのいいの、どうせ二人だけなんだし。ところで、首尾はどう?」
「まあまあというところかな。今のところ幹部も暗殺されてないし。それにしてもいいよね、銀行の皆様方は気が楽で。」
「そんなこともないよ?ほら、こうやってネズミも入るし。」
そう言うと彼はおもむろに懐から拳銃を取り出し、机の下に向かって撃った。うめき声がしたあと、足に生暖かい感触が走る。
「ちょっと、処理するんだったらもっと血の出ない方法にしてよ。」
「いいじゃんいいじゃん。靴なんて減るもんでもないんだし。」
「で?結局、わたしをここに呼び出した理由は何?」
「星の導き手たち、と言ったらわかるかな。」
「…ええ。」
動悸が早くなる。わたしの頭痛の種、人民解放を掲げるテロ組織だ。
「彼らがまた、西の方で大規模なテロを起こしたらしくてね。発電所が落ちてこっち側の発電所にしわ寄せが来てる。」
「なるほど。連中、どうも頭の切れるようね。」
「そう?発電所を狙うことなんて、よくある手口じゃないか。」
「大事なのは西側の発電所、という点よ。あそこの特産品が何か、あなたは知ってる?」
彼は目を見開き、盲点だ、と言わんばかりに呟いた。
「…半導体」
「そう。つまり彼らは工場をストップさせて我々の貴重な輸出品を止めるつもりでいるの。あそこの工場は膨大だから、少し止まっただけで甚大な被害になるでしょうね。」
「そういうことか。そういうことか、そういうことか…」
「あなたいくらなんでも動揺しすぎじゃない?」
「だって!それじゃどうするんだよ!?」
「わたしが西に出向きます。あなたは被害総額でも考えながら待っていることね。」
「何故!?君が行く必要はないはずだ。こんなところで命を散らせていいのか!?」
「大丈夫よ。わたしは総裁だから。」
わたしは彼にそう言い、会議室を出た。外には、耳を赤くさせたSPがいた。
「盗み聞きとは良くないねえ。今ここで首にしてもいいんだよ?」
「やめてください。路頭に迷っちゃうので。」
「冗談冗談。さ、行くよ。」
「あなたの冗談で人が死ぬんだから怖いんですよ…」
わたしは笑いながら車に乗り込んだ。
そしてついに、その日がやってきた。
わたしは軍服に着替え、兵士たちの前に立った。
どの兵士も緊張しているのがわかる。少し、緊張を解してみようか。
「ま、そんなに緊張しないでね。」
少し兵士から笑いが漏れる。
「今回の戦いではわたしも戦います。だから兵士のみんなのうち何人かはわたしを全力で守ってね。」
兵士たちがざわつく。一個師団の団長が手を挙げる。
「何故、あなたも戦いへ向かうのですか?」
「簡単な話。星の導き手たちのリーダーがわたしの弟だってだけ。」
「…そうですか。」
「兎に角目標はリーダーを捕らえるか彼らを全滅させるかのどちらか。抵抗するものは迷わずにやっちゃって構わないから。」
兵士たちが返事をする。少しの動揺もあったが、概ね幸先のいいスタートとなりそうだ。
予想通り星の導き手たちは発電所を乗っ取る時点で資材をほとんど使い果たしており、朗報は続いた。
「このままならすぐに終わりそうですね。」
団長が言う。
私達が安心しきっていたときに、彼らは現れた。
「総裁!大変です、星の導き手たちが攻めてきました!その数50人ほどです!」
「しまった!このまま壊滅しきれると踏んで本部にはほとんど人は残っていない、どうしましょう総裁!?」
「いいわ、わたしが出る。あなた達はもしもに備えて戦闘の準備をしなさい。あ、団長、防弾チョッキ借りるわね。」
「わ、わかりました!総裁のためとあらば!」
わたしは外に出て、高台から彼らを見下ろす。
「久しぶり、弟。」
「姉さん…!」
「馬鹿め!後ろだ!」
思わず振り返る。男が銃を構えていた。
「やめろ!姉さんを撃つな!」
「ボス、でも!」
「あら、いい子ね。姉思いじゃないの。でも、そんなに姉思いなら、今すぐそんなことやめてほしいものだわ。」
「姉さんには僕らの崇高な目的なんて理解できないよ。」
「へえ、でも、それももう終わりね。」
わたしは懐からおもむろに拳銃を取り出し、弟の両足に向かって撃った。
「ぐっ‥」
「そいつを捕らえろ!」わたしは兵士たちに言う。
それからは早かった。兵士たちが瞬く間に彼らを取り囲み、星の導き手たちはあっさりと制圧された。
「牢屋に入れられた気分はどうかしら?」
「姉さん!?」
「今日の尋問官はわたしよ。よろしく。」
わたしは不敵な笑みを浮かべ、彼に近づいていく。
「仲間をどこにやった…」
「忘れたの?この国の法律を。『国の意に背いた者は、例外なく罰せられる。』それが全てよ。」
「クソ…」
「それで?あなたは何故こんなことをしでかしたわけ?」
「このイカれた国を治すためさ。特に総裁たちとかをな。まさか姉さんが総裁になるとは思わなかったけれど…」
「くだらないわね。主観で人を殺されちゃ、こっちも困るの。」
「くだらないだって!?姉さんだってこの国がおかしいことに気づいてるはずだ。なのに何故変えようとしない!?」
「そうね。それは認めるわ。」
「なら何故‥」
「でもね、この国がおかしいってことにあなたが気づいただけまだいいわ。何故ならこの世界には狂っているのに誰も気づいていない国、地域がごまんとあるから。だからね、直そうとするだけ無駄よ。」
「でも!その経験には価値があるはずだ。無駄なんかじゃない!」
「何故無駄か教えてあげるわ。それはね、このイカれた制度以上にいい制度がないからよ。
あなたが気づいていないだけで、他の国も大きかれ小さかれ同じような制度で国が動いているわ。この国を潰したとて、結局は腐敗する定めなのよ。」
「…それが人を殺す理由にはならない。姉さんはさっき主観で人を殺されちゃ困ると言ったけど、姉さん達だって主観で人を殺してるじゃないか!」
「なかなか痛い所をつくわね。でも、それらすべてはあなたにも言えることよ。結局、私達は同じ穴の狢なの。自己満足で人を殺して、自己保身して、そのくせ自分には目的があると思いこんでいる。今回はわたしのほうが強かったってだけ。」
「思い込んでなんかない!僕には崇高な目的があるんだ!」
「達成したら?」
「え?」
「達成したらどうするの?」
「…」
「答えられないみたいね。なんのプランもなく国を乗っ取ろうとしているあなたと、多少の犠牲と引き換えに国の安寧を保証するわたし達、国民が信用するのはどちらかしら?」
「嘘だ!そんなのは間違ってる!」
「正しい、正しくないじゃないの。重要なのは信用があるか、ないかよ。」
彼は黙り込む。
「せいぜい自分が殺した兵士たちに向けて懺悔でもしていなさい。」
わたしは牢屋を出た。
外に出ると、SPが待っていた。
「大丈夫でしたか?」
「大丈夫。これで頭痛が治まるといいけど。」
「…なんか総裁、妙に機嫌良くありませんか?」
「そう?気の所為だよ。」
怪訝な顔をするSPに連れられ、わたしは車に乗り込んだ。
(完)
こちらはとあるところで前回の『バンド』を出すときに別に考えていたボツ案。
ぶっちゃけこっちのほうが長く考えていたから完成度は高いんだが、どうしても「きれいにまとめました」感が強くなってしまったのでボツにした。
少しSFチックなディストピア物、という感じ。節々を端折っているので読みづらいかもしれなかったが、どうかご容赦いただきたい。
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