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『葬儀屋形見』シロクマ文芸部
「紅葉から、学んだ事がありますの」
朱色に染まる庭の紅葉を愛おしそうに眺めながら、鈴木さんは呟いた。私は膝に乗せてあった葬儀の冊子を捲る手を止め、顔を上げた。
「学んだ……こと、ですか?」
額を撫でた白髪がそっと頬へと流れ行くと同時に鈴木さんはコクリと頷いた。
「今の私が、人生で一番綺麗だと」
真っ直ぐに庭隅に植えられた紅葉を見ながらそう言った彼女の背中はピンと伸びていた。七十半ばとは思えないほどの凛とした彼女のその姿に、瞬きをするのも忘れるほどに釘付けになってしまった。彼女はふと口角を上げながら顔を崩し、目尻いっぱいに皺を寄せながら笑った。
「私達の木は、紅葉でお願い致します」
私はハッと我に帰り、慌てて冊子に目を落とし「紅葉/楓」を探し始めた。年齢を重ねた左手を、そっと右手で撫でながら私を待つ鈴木さんの表情は、満ち足りた穏やかなものだった。
今朝、鈴木さんの依頼を受け彼女を尋ねた私は会社一の新人葬儀屋である。具体的に言えば「『樹木葬』儀屋」だ。
大学で造園科学を学び終わった直後に、葬儀屋になった私にかけられる言葉は大抵「若いのにそんな仕事を選ばなくても」や、「お嫁に行けなくなる」と言った悲し気な顔と共に届けられるものばかりで、この仕事を気に入っているという本心を口にすることが出来ずに、いつも苦笑いしか出来ないでいた。
「では、後日また最終見積書と共にお伺いいたします」
深々と頭を下げた私に笑いかけた鈴木さんはどこかさっぱりとした顔をしていた。
「どうぞ、よろしくお願いしますね」
品の良いお辞儀をすると、私が見えなくなるまで戸に手をかけたまま見送ってくれていた。初めての生前依頼。
冊子を胸に抱きながら歩く帰り道で、鈴木さんの放った言葉が私の頭の中を行ったり来たりを繰り返していた。
ーー 今の私が、人生で一番綺麗
自らの死後を話し合う葬儀屋との会話の中で呟く言葉だとは到底思えなかったが、何故か筋が通っていると感じるのは何故なのだろうか。
紅葉を見つめる彼女の横顔が脳裏に焼き付いて、その夜はなかなか眠ることが出来なかった。
数日後、最終確認のされた書類を手に鈴木さんのお宅を訪ねた。
「すんなりと進めてくれましたのね」
にっこりと笑いながら家の中に通してくれた鈴木さんは的を得ていた。「すんなり」と勧められたのは、通常は一週間ほどかかる書類を私が三日で仕上げたからだった。決して手を抜いた訳ではない。ただ、早く鈴木さんに会いたいという衝動に駆られた結果だった。
一歩居間に足を踏み入れると、三日前とは違う室内に私は涼しさを感じた。難しい書物がぎっしりと詰まっていた本棚には、数冊の書物と小さな陶器に入れられた花が飾ってあり、掛け軸のあった床の間には、紅葉の葉が入った黒漆の大きな器がぽつりと置かれているだけだった。
「散らかっていて、申し訳ありません」
ふと台所に目をやる彼女の視線を追うと、テーブルに積まれた食器の山に包装紙が目に飛び込んできた。私は驚いた顔をしていたのだと思う。
「終活……というものをやっておりましてね」
飛び跳ねるかと思った程に、嬉しそうに頬を染める鈴木さんの声はまるで、幼い少女のようであった。その姿に、思わずくすりと笑いが漏れてしまった。終活という言葉に続いて笑う自分に気づいて、咄嗟に本棚に顔を背けた。
「オキザリスですね!」
急いで話を変えた自分の顔は真っ赤に染まっていたと思う。
「あら、お若いのにお詳しいのね」
「一応、造園科学を専攻していたので、植物は私の一部のようなものです」
「そうなのね。貴女に私達の樹木をお願いできるなんて、これ以上に心強い事はないわ」
「そんなこと言われたの……初めてです」
鈴木さんの言葉に心の中に風が吹いた気がした。
「私は、樹木葬は貴女の天職だと思いますよ。とっても、とっても素敵なお仕事だと」
首を傾げながら微笑む鈴木さんを見て、熱いものが込みあげてくるのが分かった。
嬉しかった。
ずっと心のどこかで聞きたいと願っていた言葉だった。
寂し気な顔や、心配の言葉ではなく、自分の「好き」を初めて誰かに認めてもらえたことに、苦笑いで隠していた本心が溢れだしていた。
必死に涙を堪えながら本棚をじっと見つめる。
「秋開花のオキザリス。。。鈴木さんに良くお似合いです」
「私もそう思うの。オキザリスの花言葉は……」
「……輝く心」
「ふふふ、お見通しですのね。私、今輝いていると思いますの」
そう嬉しそうに笑う彼女に、思い切って尋ねてみようとぐっとこぶしを握った。
「鈴木さんにお聞きしたいことがあるのですが。勿論失礼でなければなんですが……」
振り返った私の目はまだ潤んでいたのだと思う。私を見た瞬間に、驚いた表情を見せた鈴木さんは、そっと微笑むと縁側に出る引き戸を開け、外で風に当たりながらお話しましょうと私を誘ってくれた。
咄嗟の決心を口にしてしまった私は、どこから話を切り出して良いのか分からずに庭に目を巡らしているだけだった。
「あの紅葉はね、亡くなった主人が大切に手入れしていたものなの」
切り出したのは鈴木さんだった。
「私達、子供もおりませんでしょう?そのためか、主人は庭に咲く花々や木々を自分の子供のように大切にしておりましたのよ」
「それで樹木葬ですか……」
私をちらりと覗きながら頷いた。
「前回お伺いした時に、紅葉から学んだことがあると仰っていましたよね。今の鈴木さんが、人生の中で一番綺麗だと。。。」
この数日間、正体の掴めない納得感がなんなのかを考え続けていた。鈴木さんの「学んだもの」は、紅葉を知り尽くしていたと思っていた自分の中に見つけられないでいた。
鈴木さんは、私をじらすかのように「そうね……」とだけ呟いて立ち上がると、紅葉のある所までゆっくりと歩いて行った。私も彼女の残した足跡をなぞるようについてゆく。
「紅葉の葉。貴女には何に見えます?」
そっと枝についた葉を手にすると、鈴木さんは私に聞いた。
「手のようだと」
「そうなのね。まるで赤子の手のようですわね」
鈴木さんは愛おしそうにじっと紅葉を見つめている。
「朱色に染まったこの紅葉は、今の私なのです。美しいでしょう?」
彼女の言葉の意味を掴めずに紅葉の樹を見上げる。
美しい。
空に伸びる紅葉は、まるで真っ赤に燃える火の粉のように全身で秋を飾っている。
「主人が良く言っておりましたのよ。紅葉は、散る為に美しく燃えるのだと」
「散る為に……燃える?」
彼女は地面に舞った一枚の紅葉の葉を拾い上げ、両手で包み微笑んだ。
「だからこそ笑うのです。こうして笑っていると、紅葉が教えてくれますの。【今の私は、とても綺麗だ】と。そう主人が囁いてくれていると」
そう言って微笑んだ彼女の瞳が潤んでいるのを、私はそっと見ていただけだった。じっと庭で立たづむ私達をよそに、紅葉はその美しい朱色を風に踊らせていた。
秋風が冷たさを増した頃。鈴木さんの庭の紅葉が最後の一葉を落とし、
そして同じ頃、鈴木さんもご主人の元へと旅立たれた。
「癌を…患っていらっしゃったんだってな」
樹木葬園の片隅に新しく植えられた小さな紅葉の樹。その前で手を合わせていると、社長がそっと後ろから語り掛けてきた。
「私、全然知らなくて。あんなに生き生きとしていたのに」
「生前依頼、お前初めてだったから心に来てるかと思ってな」
「私、嬉しそうに微笑んでいた鈴木さんしか思い出せなくて。。。多分不安に押しつぶされそうだった日も、痛みに耐えていた日もあっただろうに。。。終活をしながら、今の自分が人生で一番美しいって笑って仰っていて」
社長は鈴木さん夫婦の眠る紅葉にそっと触れ、優しく笑った。
「それで、紅葉か」
その言葉にハッとして顔を上げると、社長は何かを悟ったようにいきなり笑い出した。
「鈴木さんは紅葉の人だったんだな。お前は鈴木さんの美しき変化を見れた幸せもんってこっちゃな」
大きなごつごつとした手で私の肩をトンと叩くと
「まぁ、お前はまだまだ青紅葉の赤子ってとこだ。樹木の真の意をもっと学べ」
「ちょっ、社長!鈴木さんが紅葉の人って、ちょっと社長!それどういうことか私に教えてください!」
背中をむけ歩き出した社長を慌てて追いかける私の後ろで、鈴木さん夫婦の紅葉がクスリと笑った気がした。
鈴木さんが紅葉から学んだもの。
私はまだ掴みきれていない青二歳だけれど
いつの日か、私も学べると信じて
今は自信を持ってこの仕事を好きだと笑って歩んでいこうと思う。
それが、私が鈴木さんからもらった大切な
葬儀屋形見だから。
終わり
間に合った…といいな。夜に帰宅して、書いてみたら夜中の1時。。。見直しもせずにあげてしまい申し訳ありません!!!とりあえず!!間に合え!!!祈