その背中を見ていた #5

「旅。」
「旅に行っている間のやりとりがとても心地よかった。前からよく知っている間柄なように感じて。へんな話ですが、それでとても興味を持ったんです」と。

いきなりのことに驚いてしまう自分を感じながら、一方でここではないどこか、私はずっとそれを求めていたのではないかとも思った。
現実の生活に縛られて、自分の力ではどこにも行けない自分に諦めもあった。ここから動かなくては、なんとかしなくては、頭ではわかっていても、自分から立ち上がる力もなかった。
どこかに行けると思うと、どこかに行きたいと思うことすら忘れていた私にはひどく魅力的に感じた。

元々私は旅が好きだ。
結婚する前、ヨーロッパやアメリカ、アジアを旅して、いくつかの街に住んだこともある。
結婚をして自分の自由に動くことが難しくなり、子どもが生まれてからは旦那に対しての遠慮があった。
私が自由に楽しんでいると、彼はとてもつまらなそうな目をしていたから。

これはチャンスではないか。
夫のことで傷ついたまま、一人で子育てをし、仕事もしている。ただ生活のために生きている中で、心は死んでしまったまま動くことすらない。
今ここで何かを変えれば、この閉塞した状況も変わるのではないか。
もう少し生きていようと思えるのではないか。

「旅、いいですね。私、金沢に行きたいと思っていたんです」
気がついたらそう答えていた。

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