その背中をみていた #1

好きな人が、転職するという。

初めて会ったのは、新しいその場所で研修を終えた翌日のことで「初めまして」と挨拶をした時にハッとしたように立ち上がって、挨拶を返してくれた。感じのいい人だなと思った。仕事の絡みで連絡先を交換すると、なんだかとても照れていた。

それからすぐに、好きな人は旅に出た。私と出会う前から決まっていたという。アジアの国を長い間あちこち一人で巡るとのことで、毎年いろんな国を訪れているとのことだった。たまたま私が住んだことのある国だったので、知っているお店や観光地などの情報交換から始まり、まるで会話をするように自然に、旅先から写真やメールが届いて、会話が続いた。

今日はこの寺院をみました。
今、川沿いでお酒を飲んでいます。
今日の宿を決めました。割と綺麗です。
乗っていた寝台車が連結のために止まっています。

「旅日記かな?」と思ったけれど、まだ知り合いも少ない新しい世界で心細くて、自分の全く知らない景色をたくさん送ってくれたことで気晴らしになった。そして私も、とてもたくさん話した。

とても大きな寺院ですね。どんな歴史があるんですか?
綺麗な夜景ですね。生水でお腹を壊さないでくださいね。
とても広い部屋ですね。一人なのに贅沢!
連結の間はみんな何をしているのですか?

旅を終えたその足で、好きな人は私の住む街までお土産を持ってきてくれた。
明日からは仕事だから、その前に渡したい。一緒に旅に付き合ってくれたお礼に、ということだった。

いつも遠くの席に座っているから、向かい合って座るのはその時が初めてだった。
メールではあんなに自然に、たくさん話したのに。
いざリアルが目の前にいると、気恥ずかしくて目を合わせることができなかった。
彼も同じで「ちょっと恥ずかしいですねこれは。緊張します」と言った。
「それに、一軒家なので。今まで付き合っていた人の家はワンルームだったし」と。

私が住む家は、古い一軒家だった。
娘二人と住んでいるその家は、消えてしまった夫が残していった家だった。




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