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愛すべき、ツッコミ所多き君へ

あなたは最後に、何て言いたかったの?


実家には2匹の猫がいた。

ひとりは黒と白のツートンカラー。
ひとりは灰色と白のツートンカラー。
やや長い毛並みの雑種。

今写真を見返して思い出したのだが、ふたりとも口周りがチョビヒゲちゃんだった。チョビヒゲ女子だ。

彼女たちは私が中学3年の夏うちにやって来た。生後およそ2ヶ月といった頃。
叔母の知人から譲ってもらった。

名前はクロとグレ。

お察しの通り色である。
残念ながら可愛い小洒落た名前をつけてあげられなかった。
コンビで名高いぐりとぐらを挙げた途端『それはネズミだ』と母と兄に却下され、可愛い名前が思いつかず色で呼んでいたら定着してしまった。
私に名付けのセンスが一滴でもあったなら。

二人ともスクスク育つには育ったが、グレは良く家の中で行方不明になった。

うっかり外に出てしまったのだろうか。そして車に轢かれてしまったりハブに食べられてしまったのだろうか。

家人は慌てて家中を探し回った。呼ぶ声にも反応はない。
どこへ行ったの。悲痛な思いが頭を巡る中、ふと自分の机の引き出しをガラッと開けた。一番大きな引き出しからぬいぐるみのようなかわいい瞳をしたグレが何が起きたか全くわからないという顔でこちらを見返した。

ヘナヘナとその場に崩れ落ちる、という表現はこれか。
中3の私は学習した。無事で何よりだ。

猫と暮らせば(他の動物でもそうなんだろうが)、ネタには困らない。
換毛の時期には学生服につく毛。家でも学校でも一緒だね。
当時はまだ箱型のテレビ。そこは猫たちのお気に入り。
グレは尻尾がふさふさだったから、その狐のような尻尾をよくテレビ画面の前に下ろしては『グレ、尻尾畳んで』と家族にお願いされていた。

私は色味的にはクロの方が好みだったけど、グレの方が私には懐いてくれていたのだろうか。

ツッコミどころが豊富なのは、グレの方かもしれない。

実家から空港に仕事に通っていた時。遅番から暗い部屋に帰ってきて吐きもどしを踏まされたり。
お尻の毛について取れなくなってしまった排泄物を猛ダッシュして取ろうとしたのだろう、決してトイレができない子たちではなかったが、便が時折家のどこかに転がっていたり。

お風呂に入れば安否確認をしてきたり(入れろとばかりに扉の前で鳴く。開けたら開けたで満足して帰る)
家族のお気に入りの服は猫もお気に入りなので、毛だらけにされたり。

おもひでぽろぽろ。

猫は甘えると頭をこつん、と付けてきてそのままスリスリしてくる習性があるのだがグレのそれは勢いがありすぎて頭突きだった。
こつん、ではなくゴン、と甘えてくる子だった。

私が大きく道を違えることなく今日まで生きてこれたのは、彼女たちの功績も大きいと思っている。だから息子たちがある程度大きくなったらできれば猫をお迎えしたい。きっと家族の支えになってくれる。

ただ猫という生き物はかわいいだけなので、何も役立つことをしてくれることはない。

ヒトはただただお世話をさせていただくのみである。

また私が結婚して家を出る時、一番寂しかったのはもう彼女たちと暮らせないことであった。
もう10代後半の立派なおばあちゃん猫になっていた彼女たちに、不仲な両親だけどくれぐれもよろしくと頼んで家を出た。
車で20分程度のところに引っ越すだけのくせに。


そして彼女たちは静かに老いていった。
グレは15歳くらいの時に腎臓が悪くなり、自宅で皮下点滴を行なっていた。
クロはグレより進行は遅かったが、やはり晩年は腎臓機能が低下していた。

グレは私が長男妊娠中、ゆっくりと衰えた。実家に行くたび抱っこするが、驚くほど軽い。その軽さを感じた時、自宅に帰って泣いた。

グレはそろそろ還るのだ。

そう思ってからは実家にも頻繁に帰った。猫に会いに。

私はもう母方の祖母を亡くしていたので、人も猫も衰え方は似ていると思った。だからこそ感じた。彼女はもう長くない。ふかふかの毛並みもぼそぼそになった。ガラス玉のような瞳に力は無い。

ある日実家から帰る時、なんだか心許なく『グレ、また明日来るからね』と声をかけたら彼女は返事をするように大きな声で『あおーーー』と鳴いた。

彼女は小さい頃から『ニャー』と鳴く子ではなかった。
『ナーン』とか『きゃー』とか、少し変わった鳴き声をしていた。

老猫になってからは耳が遠いのか鳴き声が大きすぎると母が困っていたから、そのせいだろうと思った。
グレはその日の夜、猫の一生を終えた。


あの時大きく声を振り絞ってくれたのは、最期のあいさつだったのだろうか。最期だと思ったから、私に何か伝えてくれたのだろうか。
それともそんな都合のいい話はなくて、ただの偶然だろうか。グレのことだから。

どちらでもいい。グレも、クロも愛しい愛しい私の妹猫。
実家から離れて久しいのに、どこからともなくふわりと出てくる猫の毛に、『ピャあ』と声が聞こえた気がした。

猫又でもいい。いつかまた会いたい。



(ここまで1,996文字)

こちらの記事はことばと広告さん主催、
モノカキングダム2024に応募した作品です。
最後までお付き合い、ありがとうございます。


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シマななこ
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