運命の出会い

運命の出会い

少し早めに品川駅に着いた。
今日は、大阪でラジオの録音だ。
冬の早朝は、空気が冷え切って息が白い。
私は温かいカフェラテが飲みたくなった。
スタバでカフェラテを購入し、駅のホームへと向かう。


ホームは寒かったが、カフェラテを持つ手があったかい。
「早く新幹線に乗って、ゆっくり飲もう。」

平日早朝の新幹線は、相変わらずサラリーマンで満席だった。
私は三人がけの窓側。すでに真ん中の人が着席している。
私は頭を下げながら窓際へと移動した。


さて困った。
コートを脱ぎたいが、手にカフェラテを持っている。
私は窓辺にカフェラテを置いて、コートを脱ぐことにした。
隣には人が座っているので、スペースはかなり狭い。
「こぼれないかな」ほんの一瞬、不安がよぎった。
しかし、すぐに「気をつけて脱げば大丈夫。」と思い直した。
私は細心の注意を払ってゆっくりとコートを脱いだ。その瞬間、


バシャッ!!!!!


まさか!カフェラテが落下してしまった!
あれだけ注意して脱いだにもかかわらず、
コートがカフェラテに当たってしまったのだ。


ひぃ〜〜〜。


私は声にならない声をあげた。
まだ一口も飲んでいないカフェラテは、落下の衝撃で蓋が開き、
中身が全部こぼれていた。
その景色はまるでカフェラテの大海原のようであった。


「オーマイゴット!」
ハリウッド映画なら絶対にこういうハズだ。
絶体絶命のピンチである。

私はひとまず座った。
そして気持ちを落ち着けた。
一呼吸して、恐る恐る座席の下から後部座席を覗き込んでみると、
後ろへ流れていったカフェラテが、床に置かれたアタッシュケースに
ぶち当たり、そのまま波打ってこちらに戻ってくるところだった。


最悪だ。。。
私は絶望した。
こんな大惨事、どうやって乗り切れば良いのだ?

できることなら、この場から逃げ出したい。
私はすぐさま辺りを見回した。
幸い、まだ誰もこの惨劇に気づいていない。
今なら、しれっと自由席に逃げてしまえば、
誰が犯人かなんて永遠にわからないはずだ。


私は心の中で葛藤した。

「このまま逃げちゃえ!今ならバレないぞ。」

もう一人の私がこう告げる。

「人に迷惑をかけて、そのまま逃げるなんて最低の卑怯者!」

天使と悪魔が交互に私の心を支配した。


あぁ。逃げたい。逃げ出したい!
座席から何度もお尻が持ち上がった。


ダメだ!やっぱりダメだ!

私はガバっと立ち上がり、後ろの座席の人に声をかけた。
「申し訳ありません!今、カフェラテをこぼしてしまいました。
すぐに拭きます!」

私の声を聞いて床を見る人たち。
大量のカフェラテを見て、「うわぁ!」と声が上がった。


「すみません!」
私はカバンからポケットティッシュを出し、四つん這いになって、
床を拭き始めた。
ショートサイズのラテは、飲むと少ないのにこぼれると
何と量の多いことか。
私が持っていたポケットティッシュなど、一瞬でグチョグチョになった。

「トイレットペーパー取ってきます!」
気が動転していたせいで不必要に大きな声で報告すると、
私はトイレへとダッシュした。
皆んなが私を見ている。そりゃそうだ。声がデカイ。


トイレットペーパーを抱えて戻り、必死に床を拭いた。
カフェラテの波は、三列後ろの座席まで流れ込んでいた。
一列ずつ頭を下げ、カフェラテが付いた鞄や靴の裏を拭かせてもらい
、一人一人に頭を下げる。
「もし、シミや匂いが取れなければ弁償させてください!」
そう言いながら、ようやく全ての人の足元を綺麗に拭くことができた。
「ご迷惑をおかけして、すみませんでした!」
最後にそう言って頭を下げると、大量のカフェラテをこぼして
大迷惑をかけたにもかかわらず、誰一人として怒ることなく
笑顔を返してくれた。


あぁ。世の中には何と優しい人が多いことか。
逃げなくて良かった。
ちゃんと謝って良かった。


ホッとした気持ちもあいまって心身ともにヘトヘトになった私は、
よたりながら自分の席へ戻った。
席に着いてふと自分の手を見ると、黒く汚れていた。
おそらく床を拭いだ時に付いたのだろう。すると隣の席の男性が、
「良かったらこれをどうぞ。」と、ポケットティッシュを
差し出してくれた。


「ありがとうございます!」
やっとの思いでピンチを乗り切った私にとって、この優しさは心に響いた。
私はありがたくティッシュを頂き、汚れた手を拭いた。と同時に、
瞬時に左手の薬指を見た。


そこには、光り輝く指輪がはめられていた。


おぉ。。。既婚者だ。。。


こんな運命的な出会いにもかかわらず、なぜ王子様は既婚者なのだ?
私は悶えた。
悶えているうちに新幹線は名古屋へ到着。
私の王子様はさっさと新幹線を降りてしまった。


あぁ。。。
ハリウッド映画なら絶対に運命の出会いなのに!
二人はめでたく結婚するはずなのに!


飲み損ねたカフェラテのカップを恨めしく見つめながら、
私は新大阪へと向かった。


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