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スポーツ万能

私は小学校の頃から運動が得意だった。
跳び箱は簡単に一番高い段を飛べたし、
クラス対抗リレーの選手に選ばれたし、
縄跳びも鉄棒も、運動なら何でもできた。
そう、私はスポーツ万能なのだ!


中学校では、バレーボール部に入部した。
一年生は球拾いと過酷なトレーニングばかりさせられたが、
根を上げることなく食らいついた。

そんな中学校時代のある日、体育でハードル競走の授業があった。
4人1組で順にハードルを跳んでいく。
私は自慢の脚で風を切って走り、軽やかにハードルを跳んだ。
全員が走り終え、「集合!」と先生の号令がかかった。
ぞろぞろと集まる生徒たち。全員が揃ったところで、先生がこう言った。


「六車、前に出てハードルを跳んでみろ。」


私は嬉しかった。
4人1組で流れていく中で、よくぞ私に白羽の矢を立ててくれた。
それでは、お見せしましょう。
私はここ一番の俊足でカモシカのように走り、
蝶のように軽やかにハードルを越えた。

ハードルを二つ三つ飛び越えたところで、
「はい!そこまで!」とストップがかかった。

「はい!」

私は誇らしげに戻ってきた。
皆んなが私を羨望の眼差しで見ている。
すると次の瞬間、先生は耳を疑うような言葉を口にした。


「今のは、悪い見本です。」


え?!
今、何と仰いました?


「それでは市川、前に出てハードルを跳んでみろ。」
「はい。」


呆然と立ち尽くす私の目の前で、市川さんが走り、
ハードルを跳んで見せた。


「今のが正解だ。みんな、違いはわかったか?」


無邪気な中学一年生たちは、口々に
「六車さんのジャンプは上に跳んでます!
市川さんのは低いけど前に進んでます!」

それを受けて先生は、
「そう!正解。六車はハードルを真上に跳んでいるからロスが多い。
市川は前に跳んでいるから、スピードを落とさず飛び越えている。」


おいおいおいおい。
今の、必要か?
今、この状況で、悪い例はそんなに必要だったか?

いや。100歩譲って、良い例をよりわかりやすく伝えるために、
比較対象として悪い例が必要だったとしよう。
それなら先生、あんたが両方跳んで見せればよかったのでは無いか?

私の立場はどうなる。
白羽の矢が立ったと思って、これ見よがしに跳んだんだぞ。
カッコ悪いったらありゃしない。
おかげで私の乙女心はボロボロだ。
得意気に跳んだ分だけ、深く傷ついたではないか。


この際だから言っておこう。私は褒められて伸びるタイプだ。
もし先生が私のハードルを褒めてくれていたら、
私はもっとハードルが上手く跳べるよう、夜な夜な練習をしたに違いない。
ハードルを跳ぶための筋トレだって惜しまずやったはずだし、
プロフィールには
『趣味=ハードル、特技=ハードル、将来の夢=ハードル』
と書いている姿だって目に浮かぶ。
そう。あの瞬間、未来の日本を背負って立つハードル走者が
産声を上げていたかもしれないのだ。


しかし、駒は残念な方へと進んでしまった。
この日以来、ハードルは世の中で一番嫌いなスポーツになった。
いいか、覚えておきたまえ。
私は今後、たとえ100万円を積まれたとしたって、
ハードルなんて跳んでやらないぞ!


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