野草のある風景 2 母の手術とアオギリ
9月末に実家の母が手術をしました。
本来ならば1泊2日で退院するところを、高齢の一人暮らしということで病院にお願いしてもう一泊入院し、私は退院した日から約1週間、実家に泊まりがけで家事サポートをしに行きました。
1泊2日で退院できるのだから大したことではないだろうと思われるかもしれませんが、術後の痛みは半端ない状況で、毎朝苦しむ母を近くで見るのはなかなかしんどいものがありました。
本当に少しづつ、少しづつ回復して、今ちょうど1か月経ったところです。
母は87歳の現在まで、一人で生活のあれこれをこなしてきました。
なので、私も野草の会をほぼ毎月開催できていたわけなのですが、今回家事サポートをしてみて、母の暮らしぶりや必要としているものを改めて知ったり、通院の付き添いで担当医師と話すことで、母自身や家族が何を大切にしていきたいのか、などなど様々なことに直面し、考えさせられる機会を得ました。
このように書くといかにも達観している風ですが、正直言ってしまうと私自身、次々と出てくる母の要望に応えようと無理しすぎて、体力的だけでなく、精神的にパンクしそうになったのです。
一例をあげると・・・。
普段パルシステムで食材などを注文している以外に、スーパーで日常的に購入しているものが結構あって、それがヨーグルトやキウイなど重さのあるものが含まれているのです。
母は坂の上のマンションに住んでいます。
3日連続でヨーグルトを含め重たい荷物を持って坂を登ったら、脚がガクガクになってしまいました。
ヨーグルト、別にこれでなくてもパルが再開したらパルのじゃダメなのかなぁ。
(↑心の声)
買い物が終わったらそれで終わりではなく、今度は母の食べたいものを考慮しながら食事の支度が待っています。
鎌倉の家では手持ちの食材や体調と相談して、自分が作りたいものや食べたいものを臨機応変に用意する日々を送っています。
そんな普段の食事作りとは全く異なり、朝昼晩、要望を聞き入れながら母の気にいる食事を作り続けることがこんなにも「ストレス」になるということをこの時初めて体験しました。
これ以外にも色々あるのですが、ひとつひとつを書いていたらとても長くなってしまいます。
約1週間、実家に滞在して鎌倉に戻ってきた時、自分の心が虚ろだ、と何となく感じていました。こういう時って、自分で自分のことを冷静に分析できないものなのですね。
2度目の家事サポートにいく朝、ひょんなことはきっかけで自分の精神状態がかなりまずいことに気づきました。
そのあとすぐに弟に電話して、自分ひとりで抱え過ぎないよう状況を説明しサポートを頼むことができました。
母の名誉のために一応書いておくと、母も私の状態を薄々察していて、大変だから夜はお弁当を買ってきてもいいよと言ってくれてたのです。(でもお弁当もわりと重いんですけどね 笑)
2度目の実家滞在から戻った時、たまたまおすすめに上がってきた動画。
仏陀の3つの教えの中の第3番目に、激しく同感しました。
これです。
自分の状況を把握し弟に助けを求めたこと、あとは、無理なことは無理と母にきちんと伝えること。
この2つをすることで、かなり楽になりました。
お買い物に関しては、できる時は弟に車を出してもらう。
私が買う際に量が多い場合は、スーパのお届けサービスを有料でも利用させてもらうなどです。
そうすると、「母のこだわり」とネガティヴに捉えていたことが、母の生き方に見えるようになりました。
3度目のお泊まりサポートの帰り。
実家のある街はそこらじゅうがアスファルトに覆われているのですが、道路沿いの植え込みに大きな葉っぱを見つけました。
クズの葉にも似ていますがちょっと違う。
なんだろうと調べてみたらアオギリの葉でした。
アオギリの実は炒って食べると美味しいそうです。
コーヒーの代用にもなるらしく、胃痛や下痢などに薬効があるようです。
高木になるアオギリ。
こんな道路際ではそのうち伐採されちゃうんでしょうね。
夏からの身体の不調と手術、入院、通院が続き、大好きなお買い物にも行けず、メンタル的にかなり落ちていた母も、だいぶ上向きになってきているように思います。とはいえ、これからさらに歳を重ねることで、家族だけでは支えきれない状況も出てきそうです。
私の生活や生きがいと両立しながら、どのようにしていくかがこれからの課題。
12月は、野草の会を開催する予定です。