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今宵も二人、鍋祭り

鍋はよい。
健やかなるときも、病めるときも、鍋はとてもよい。

毎日つけている献立日記によると、2020年の1年間で私たち夫婦は69回も鍋をしたらしい。ほぼ5日に1回のペースである。日本で一番は大げさかもしれないが、市内で一番鍋を食べている自信はある。

我が家の鍋は、いわゆるしゃぶしゃぶだ。
「夜ご飯、鍋でいいよね」「むしろ鍋がいい」と二人の意見が一致したら、ル・クルーゼの赤い鍋をゴトンとガスコンロに置く。鍋の下ごしらえのスタート。

鍋に昆布をポイと放り込み、日本酒をちょろろと入れる。充填豆腐のパックを押してブリンと落とし、計量カップ2杯半くらいの水を注いで弱火にかける。
「日本酒はなくても変わらないんじゃないか」と、入れずにやってみたことがあるけれど、味の深みが全然違う!!縁の下の力持ちなので、ぜひ入れたい。でも、日本酒をうっかり切らしていても「ま、いっか」と切り替える。

さて、出汁が沸くまでに野菜をどんどん切っていく。

白菜は我が家の鍋のレギュラー選手。年中ずっと食べ続けてみて、やっぱり冬の白菜は甘くて瑞々しいなとしみじみ思う。でも、夏のあっさりとして軽快な白菜も嫌いじゃない。鍋をしていると、野菜の味が四季で変化する様子に敏感になれる。
白い軸の部分は柔らかくなるのに時間がかかるので、黄色い葉と切り分け、そぎ切りにしたものを鍋にホイホイ入れていく。葉の部分はサッとしゃぶしゃぶしてサラダみたいに食べるのも乙なので、大皿にスタンバイさせる。

白菜と同じくレギュラーのえのきは、石づきを切り、大まかにばらして大皿チームへ。
ニラもザクザク切り、やはり大皿チームで待機。

そうそう、もし椎茸があったら早めに鍋に投入しておくと、よい出汁が出てくれる。軸の歯応えも好きなので、石づきだけ切って四つ割りに。

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ほうれん草または春菊は水でザブザブと洗い、ボウルのままテーブルへ運ぶ。

このあたりで、夫もいそいそとテーブルでカセットコンロを準備し始める。試しにつけようとするも、たいてい一回では決まらない。「カチッ、カチッ、カチッ」と強情な音の後に、堪忍したように「ンボッッ」と鳴る。
お箸やお椀も並び、食卓が鍋の到着を待つ。

ちなみに、大根があって気分も乗っているときは、大工さんがカンナを掛けるようにピーラーでシュッ、シュッ、シュッとむく。どっしりとした大根から、透き通るように白いシフォンのリボンがシュルシュルと生まれる様子が美しい。
リボン大根はドサッとしゃぶしゃぶして一気にすくうと、ひらひらが重なり合ってコリコリッとした食感が楽しめる。清少納言あたりが称賛してくれそうな、優雅な食べ方。

野菜の下ごしらえを終える頃には出汁もすっかり沸いているので、仕上げにもやしを1袋、鍋にワサッと。一本一本がシャキンと背筋よく積み重なり、飛び出さんばかりのもやし。

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他の具をしゃぶしゃぶする余地はあるのかと一瞬たじろぐが、そのうち嵩が減るので大丈夫。出汁のお風呂に浸かると、もやしもリラックスして体がほぐれていくのだ。

もちろん肉も忘れちゃいけない。
肉はしゃぶしゃぶ用の豚ロースが楽ちんで美味しい。ロース肉のあの柔らかく甘い旨味は魔性だ。バラ肉よりあっさりしているので、無限に食べられそう。

でも、いつも豚肉だとつまらないから、たまに鶏の肉団子も作る。ムネ肉とモモ肉の2種類の挽き肉に、おろし生姜とネギのみじん切り、塩を合わせてこねる。もともと参考にしていたレシピ本では、片栗粉や帆立のみじん切り、卵なんかも使われていたけれど、我が家ではだんだんと削ぎ落とされていき、今の材料に落ち着いた。肩ひじ張らずに作れるシンプルレシピ。
ムネ肉とモモ肉を混ぜることで、鶏肉の脂の旨味が出て、むぎゅっと食べ応えもある。最強の肉団子だ。

肉の脂をもっと堪能したいときは、水炊き用の鶏モモ肉もたまらない。脂が出てとろんとした出汁で、葉野菜をしゃぶしゃぶすると最高よ?!脂をまとってツヤツヤとぅるるんのほうれん草や春菊を食べると、鶏モモ肉は鍋の主役ではなく名脇役だなぁと思う。

ここまでが下ごしらえ。
いざ始めるまでは「めんどくさいよ〜」「仕事疲れた〜」などと思っていても、野菜を洗ったり切ったりしているうちに不思議と雑念が消え、心が澄んでくる。そして、鍋にも大皿にもボウルにも具がてんこ盛りな様子にワクワクしてしまう。

でもまあ、いつもこんなに沢山の材料が冷蔵庫に揃っているわけじゃないし、たとえあっても「包丁を握るのすらしんどい」と思う晩もやっぱり多い。ちょっと頑張れば元気になると分かっていても、どうしても頑張れない晩。
そんなときは、もやしと豚肉のみなど、超ミニマル鍋になったりもするけれど、それはそれで美味しいのだ!

つまるところ、鍋の具は何でもいいし、種類も少なくてよい。出汁だって、昆布じゃなくて「ほんだし」でも、なんなら具から出る旨味だけで食べるのも好きだ。
鍋ほど懐が深くて、私たちに自由を与えてくれるメニューはあるだろうか?いや、ない!

さて、いよいよ鍋本番。ずっしりと重いル・クルーゼを慎重に運び、食卓のカセットコンロに置く。

すると、何も言わずとも夫が点火してくれる。
「……カチッ、ンボッッ」
この瞬間、私から夫にバトンが渡る。

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我が家の料理担当は基本的に私だけど、鍋のときは夫が大活躍する。私は台所での下ごしらえまでで、テーブルでは夫が火加減を調節したり、具を足したりしてくれる。

夫はよく「ぽのちゃんみたいに料理できないよ〜」と言うが、いやいやいや、こと鍋に関しては、私よりもよほどセンスがある。
二人のお腹の具合を考えつつ、ひとつの具に偏らないようにバランスよく野菜や肉を入れていく。しかも「あ、もうこれいけるよ」と食べ頃も見極めて親切に教えてくれる。もちろん私のお世話をしながら、自分もしっかり食べている。決して口うるさくないし、理想的な鍋奉行である。

夫が手始めに入れる具は、ほぼ100%えのき。すぐに火が通り、歯応えが楽しいから、スタートにぴったりの具だと思う。鍋における前菜。
私が大まかに分けておいたえのきを、夫が鍋の上でさらにほぐして落とす。丁寧でも雑でもない、なんてことのないその手つきを見るのが幸せだ。

さて、えのきが食べ頃になったら、ポン酢と七味をつけていただくわけなのだが……このポン酢がポイントっっ!!

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2年前に神奈川県から兵庫県尼崎市に引っ越してきて、それまで使っていたポン酢を探したもののどこでも見つからなかった。諦めて近所のスーパーで選んだのが、この「手造りひろたのぽんず」だ。

尼崎で作られているそうで、「地元の応援にもなるし、まぁ試してみるか」と半ば妥協して買ってみたら……めちゃくちゃ美味しいじゃないか!!
「すだち100個くらい使ってるんじゃないの?!」と思えるほどすだちの味が凝縮されていて、とにかくフレッシュで爽やか!しっかりと酸味が効いているから、鍋をさっぱりと食べられる。このポン酢をつければつけるほど、食欲が増していくのだ……恐ろしい!これを味わいたいがために、鍋をしていると言っても過言ではない。

でも、我が家の年間鍋食率が市内一(推定)高い理由は、ポン酢だけではない。

なぜ私たちは鍋をするのか。
それは、我が家にとって鍋が「祭り」だからだ。
ささやかな祭りを毎週のようにおこなうことで、私たちは心の栄養を蓄えている気がしてならない。

クツクツと穏やかに揺れていたかと思えば、突然ボコボコと踊り狂う出汁。
向かい合う夫の輪郭がぼやけるほど、もくもくと上がる白い湯気。
鍋に放った途端、魔法みたいに鮮やかな緑に変わる葉野菜。

鍋をすると、鍋を成す全てが躍動し、食卓がエネルギーで満ち満ちる。二人きりの淡々とした静かな暮らしが活気に溢れる。
私たちは屋台の並ぶ境内を歩くように、鍋の賑々しさをまずは目で、耳で、肌で味わい、「やっぱり鍋はいいね」「最高だね」と心を躍らせる。

さあ、舌でも味わうぞと具を頬張れば「ふぉっ」「ほふっ」「あちちっ」と思わず大きな声を出してしまう。いつもいつも想像以上に熱々!(特に豆腐ね!)
少し冷めるまでお椀に入れて待てばいいのに、どうしても熱々で食べたい。だってそれが鍋祭りの醍醐味だから!

「ふほっ、ほいしいね(美味しいね)」と言い合っているうちにおかしくなって、二人で天を仰いでほふほふ笑う。だんだん汗も噴き出てきて(真冬でも!)、玉汗が光るお互いの姿にさらに大笑いしてしまう。

鍋をしていると、そんな風に笑いやおしゃべりがどんどんリレーする。

「鍋の具に生まれ変わるなら何がいい?」
「え、ちょっと真剣に考えるわ!」

「えのきって歯にすぐ詰まる食べ物ランキング1位だよね」
「分かる分かる!歯にアジャストする!」

くだらない笑いやおしゃべりだけど、明日も明後日もその先もずっと健やかに生きるための栄養になってくれる。

鍋がこんなに美味しくて楽しいのは、二人で一つの鍋を分かち合っているからだろうか。それに、普段の食事よりもゆっくりと時間をかけるからだろうか。

5年後、10年後に振り返ったら尊く思うであろう時間を、二人で一緒に作り上げている感じがする。

いくら鍋が美味しくて楽しいとはいえ、「そんなに鍋ばっかり食べて、よく飽きないね?」と思う人がいるかもしれない。実は私も鍋をしょっちゅうするようになった当初は「飽きたらどうしよう」と不安だったし、「鍋ばかりでごめん」と夫に申し訳ない気持ちだった。

こんなに鍋をするようになるまで、つまり2年前までは、毎日違う料理を作るのが私の目標だった。同じ料理は1ヶ月に1回以上登場しないように、レシピ本をめくったり、冷蔵庫にある食材の名前で検索したりしながら日々の献立を一生懸命考えていた。

いつも新しい料理に挑戦するのはワクワクするし、それこそが豊かな食生活。食べることが大好きな私は、そう頑なに信じていた。

でも、2年前に転職をして毎晩のように残業するようになり、料理をする気力と体力はいとも簡単に失われてしまった。夫も忙しくて頼れず、平日の夕飯はコンビニのおにぎりやお惣菜ばかり。土日に作り置きをすればいいのだが、どうしても体が動かない。
そんな私が唯一、気張らずに料理できるのが鍋だった。(正確には下ごしらえまでだけど)

本当に不思議だが、鍋は回数を重ねても飽きない。
ほぼ同じ具で、同じ食べ方でも、いつも食べ終わる頃には心も体も元気になる。「やっぱり鍋はいいねぇ」と夫と笑い合えるのだ。

毎日変わり映えのある献立や、テーブルいっぱいのおかずも素敵だけど。
料理を頑張らなくても、自分たちを喜びで満たせる。それを知れて良かった。

料理したくなかったら、無理にしなくていいよね。
もしまた料理したくなったら、その時はめいっぱい楽しもう。
そんなことを話しながら、今宵も二人、鍋祭りをした。




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小野 ぽのこ
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