ケータイ
私は都内のデザイン事務所に勤める25歳のユキ。
デザインと言ったって私はデザインしない。
雑用係みたいなものだ。それでも職場はみんな良い
人たちだし、仕事も楽しい。順調に見えるかもしれ
ないが、最近失恋からやっと立ち直ったばっかしな
のだ。三年間付き合った彼氏にフラれた、私からす
れば三年は長い。理由は『ひとりになりたいから』
という、納得がいかないものであった。
立ち直るのは、生易しいものじゃない。泣いて、泣
いて、泣いて、お酒も飲んで。中島みゆきまで聴い
た。半年はかかったと思う。それで私は今日も働い
ているという訳。最近私の携帯に『逢いたい』とフ
ラれた彼氏からメールが入るのだ。ブロックしたか
ったけど、出来なかった。自分の中では結婚を意識
して付き合ってたくらいだから。でも自分でもどう
して良いのかわからず、職場の先輩を飲みに誘っ
て、相談してみた。飲み屋は会社の近くの四谷にし
た。『また、泣かされるだけだって』先輩が言っ
た。『でも、内心嬉しいんでしょ?』と、言われた
特、返す言葉に困った。私たちは2時間くらい飲ん
で、先輩と別れた。先輩の姿が人混みに小さくなる。
…翌日私は、買い物を頼まれて、外出していた。
信号待ちをして、信号が青に変わり、歩き始め
た時だった。瞬時に彼を思い出させる香り、それは
ハイヤーという香水だった。私は辺りをキョロキョ
ロしたと思う。でも彼ではなかった。私はその夜、
携帯のメールの文字を見ていた。「逢いたい…か…」
その時だった、携帯が震えた。また彼からのメール
だった。『明日逢えないかな?』そのメールに私は
「いいよ」と返した。確かめたいことがひとつあったから。
それに明日は土曜日、仕事も休みだ。待ち合わせ場
所に行くと彼が先に着いていた。電子タバコを吸っ
ている。久しぶりの対面に少し緊張したが、彼の
『ちょっと太った?』の一言で、緊張がほぐれた。
彼と少し話した。私が「何で今日呼んだの?」と聞いた
ら、彼がなにやら携帯をいじり始めた。私は「なに
やってんの!」と。すると、私のカバンの中で携帯
が震えた。取り出して見てみると『結婚してくれ』
の文字。私は泣いてしまった。何故だか泣いていた
のだ。私を彼に抱かれた。
私は確かめた、
それはやっぱりハイヤーの香りだった。