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長編小説「ひだまり~追憶の章~」Vol.10‐⑤

~歩き出したスキーヤー@ A Brand-new World in SNOW~


Vol.10-⑤

「さっきからずっとここで観てるのに、全然気づいてないから」

 扉に凭れ掛かっていた身体を起こし、腕組をほどいて近づいて来た人物は、先程の〈オギヅカ〉の松本と名乗る男だった。
「これでもちゃんと、ひと段落着くタイミングを図って声かけたつもりだよ?」
「すみません。気づいてなくて」
「彼氏が『もう1軒つきあえ』って言ってるのに、ほったらかしてチューンナップしてるとはね」
「岳彦さんは別に彼氏じゃありません」
「じゃ、何なの?婚約者?それとも金づる?」
「居候先の息子さんっていうだけで、別に付き合ってはいません」
「まっ、恋愛と結婚は別って云うからね。カミサンに成るんだったら、もう少し岳彦君をかまってやった方が、いいよ」
「結婚は考えていません。今はまだ、スキーに没頭していたいから」
 
私は少しムキになって答えた。

 岳彦の好意を弄ぶ事に成ってはいけないと、日頃から考えてはいたが、今の所どう対処したら善いのか結論は出ていなくて、好意に甘える形に成っているのを、私は自覚していたからだ。
「あそう。恋人でも婚約者でもないの。じゃ、俺と1軒つきあえよ。悪いようにはしないから」

 岳彦さんの担当なのに、何言うてはんねん、この人は!

「僕は今までにも斎藤由人や柳沢五郎なんかを担当してたんだよ。八方には『丸山さん』や『大谷さん』の知り合いもいっぱい居る。今だって岳彦君の他にも渡貫和也も担当してるんだ。
 岳彦君はこれからデモに成ろうって選手だけど、デモの渡貫にも紹介してあげるよ。板だって〈オギヅカ〉履いてたら、選手権出てもかなり有利だよ。なんせ〈オギヅカ〉は選手権のスポンサーなんだからね。
 関西でチマチマと〈KAZAMA〉履いて頑張ってるより、良い条件だと思うけどね」

 この人は、その見返りに一晩付き合えとでも?
 こういう人やから、かつて名選手の担当やったとしても、この歳になってもまだメーカーさんのお偉いさんに成れずに未だ、現場でクサシてるんやわ。。。

 私は多少イライラして来たが、黙って相手の云いたい事を言わせておく事にした。
「女子選手のリザルト見ててもさ、上位の選手は皆ブスばっかりでさ、たまに可愛い子が居ても我儘だったり順位のビリッケツの西日本の選手だったりするんだ。
 君も山際梓の華やかさに憧れて〈KAZAMA〉履いてるだけなんでしょ?君だったら〈オギヅカ〉履いたらベストテンには入れなくっても『恋人にしたい女子選手ベストファイブ』に絶対入れるよ。一躍花形選手だぜ?」

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