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長編小説「ひだまり~追憶の章~」Vol.10‐②

~歩き出したスキーヤー@A Brand-new World in Snow ~

Vol.10‐②

 成人式の祝日を過ぎた頃、兎平ゲレンデの積雪も90㎝を超えていた。
 明日から長野県スキー連盟の指導員研修会が始まるという日、私自身はシーズン初めの調整での最終段階に入っていた。

 指導員研修会の講師役員方々が、居候先の〈旅館やざわ〉に本部を置くため、しばらくは旅館の仕事が忙しくなり、期間終了する頃にはスキースクールでのインストラクターの仕事に借り出される。
 今日が、自分の滑りの調整できる最後の日だ。
 私はテーマを決めて練習する事にした。

 今日は、美人な滑り。これだ!

 無駄や欠点がなく、個性にインパクトが在る。そんな滑り。
 私の滑りの特徴は、急斜面のギャップの中でスピードや勢いに乗って、まとまりよりも豪胆さを表現できる所。体格が小柄な為、ハイスピードでは安定感よりも危ういバランスの中で速く見せることが高得点に繋がる。
 どちらかというと綺麗にスキなく決めるのが苦手で、中斜面ではごまかしが効かずに苦戦する。粗削りでもパワーがみなぎって見える、不整地急斜面で得点を引き出せるタイプだと、〈KAZAMA〉チームの指導部や〈HAPPO-ONE SKI SCHOOL〉の教育部でも評価していただいた。

 私自身の本来の気質とは異なるのかもしれないが、とにかくスキーの板を履くとそういう個性を発揮しているらしいのだ。雪国出身でないスキー女子には珍しいのかもしれないが、それもこれもこの八方尾根で毎シーズン毎日毎日滑っているおかげ。

 その上で、ミスを目立たなくリカバリーしていくスキルを身につけたら、無駄のないシャープな滑り、つまり目指す『美人な滑り』が実現する。
 元来体重が足りない為に、重厚なイメージや貫禄は、無理だ。むしろ、タイムレースで可倒式ポールにも肩を引かれてタイムロスする対策で、他の選手より深回りなラインの足首操作を覚えた点を活かすべきだ。速いスピードでも丁寧に滑っている印象になる。これも、インストラクターとして毎日デモンストレーションしているおかげ。
 採点法の競技は、審判員選考委員の主観がかなり得点を左右する。ゴール向こうの5審3採用審判員の方々にインパクトを与え、高得点を獲得するには、この45㎏しかない体格ではミスなく、おおらかに表現するしか方法は、ない。
 それが、私にとっての『美人な滑り』。

 まずは、急斜面不整地で勢い良くパラレルターンの大回りを、流してみよう。調子が出て来たら、得意なショートターン、そしてスケーティングも混合した〈総合滑降〉種目のレイアウトをイメージする。

 黒菱ゲレンデの中斜面左側のリフトに乗り込み、上から整地中斜面を見下ろす。リフト降り場から右へ昇った、黒菱ゲレンデ全体のほぼ中央の頂上を見つめる。

 あそこがスタート位置。3ターンの大パラレルでまずは流してみよう。そこまでだけコース取りを思いつくと、私は真下を走っている快調な滑りのスキーヤーを眺めた。彼が停止するまで。
 既にかなり滑り込んでいる感じ。目立つリフト下をコースに選んでいる所なんかは、案外、選手権にエントリーしているヒトが調整か下見に来ているのかもしれない。もしくは、長野県連の指導員研修会の、前乗りか。

 目線を元に戻してから、自分の板を見つめる。〈KAZAMA〉のトレードマークの下に、自分でデザインしたロゴを入れてもらった。
 私だけの一点物スキー。
『MIYUKI AONO with BRAND-NEW WIND』
 この板が擦り減ってペラペラに成るまで、滑って滑って滑りまくるゾ!



 リフトを降りてから、V字登行で黒菱ゲレンデの中央頂上に着く。レストハウスの手前で停止するライン取りを見据える。助走10m、右、左、右の3ターンで一本松の根本で停止。よし!

 自分のコース取りに他の滑走者が居なくなるのを確かめ、右足を
勢い良く後ろに蹴り、スタート。左足をグン!と踏み締め、右ターン
を開始。
 徐々に伸び上がりながら両足の加重をグラデーションで調整し、フォールラインで徐々に沈み込む。ターン全体がウェーブ状の上下動と加圧によって仕上げられようとしている瞬間、つまり舵取り期ですきーの板がギュンッと走り、空を切るごとく彫っている。

 やった!今日は初っぱなから調子いい!

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