ショート・ショート「Surprise is Supplised」
今日は、めぐみとの結婚28周年記念日だ。
仕事に追われて、忘れていた時期もあった。柄にもなく記念日を二人で祝う気持ちになったのは、たまたま俺のプロジェクトで扱っている新商品のプレゼンで、平成生まれの部下がスクリーンの最期の最後、間違って〈米米CLUB〉の『浪漫飛行』を流してしまったからだ。
俺は思い出した。あのときの、ヒット曲。
俺が初めてめぐみにプレゼントしたCD。
そう、結婚記念日ではなく、その丁度5年前『付き合ってください』と告白した日のことを、思い出したのだ。
約束事をすぐ忘れる俺だから、入籍日も同じ日にしよう、と5年後の28年前、めぐみと話し合って実行した。
だから、覚えていたのだ。
息子の卒園式 どころか誕生日さえ忘れてしまう、俺が。
幸い、息子はバスケの部活で泊まり掛けの遠征中だ。今日はめぐみに、なにかサプライズを。
俺が記念日を覚えていたこと自体、サプライズなのだが。
自社ビルの12階に在るエステティック・サロンの、会員権とスペシャル・フルコース券を、とりあえず手に入れた。
去年は、確か赤坂見附の地中海料理のレストランへ連れて行った。その前は、、、シャネルの腕時計だったか。あれは5年前か。。。
だが、もっとビックリして喜んでくれるものが、いい。
珍しく18時には退社した俺は、その2時間後ホクホク顔でめぐみのビックリ顔を想像しながら、自宅の在るタワマンのエントランスに立つ。
オートロックを解除し、フロントのコンシェルジュにも珍しく挨拶交わすと、エレベーターで21階へと向かう。
いつもなら、エレベーターの中でネクタイを外すのだが、今夜はボックスのガラスを鏡がわりにネクタイを結び直した。
今夜は、どんな料理を❔
お得意のブイヤベースとスパニッシュ・オムレツ❔ローストビーフとイタリアン・ロールキャベツ❔
それも好いけど、それじゃ俺のサプライズ・プレゼントはちょっと役不足かな。。。
私は、期待と不安が交互にやってくる中、小ぶりの寸胴鍋の料理を造り終え、リビングダイニングに座り込んでいた。
ウォークイン・クローゼットから出して来た数着のワンピース。床に華やかに広げて、迷いに迷う。
今年は何を着よう。。。
どれも好いけど、どれもイヤ。なんだか、しっくり来ない。
さっき、あのCDをクローゼットの奥で、見つけてから。
二人で、やっとここまで来たんだよね。まさとと私。
お金はないけど夢だけはたくさん。
家賃の節約に、一緒に棲み始めたあの、学生アパート。世間はバブルで、友達はお立ち台で踊り明かして、キャンパスの校門には外車が並んで夜明かしのお迎え。
まさとと私はオンボロバイクにタンデムして、浜田省吾の「MONEY」歌いながら、
♪いつか奴らの 足下にBIGマネー、たたきつけてやる~♪
ってさ。
結婚記念日である事よりも、その5年前から付き合い始めて、なんとか二人で生きてきた時代を、思い出したのだ。
あの、初めてプレゼントしてくたCDを、クローゼットの洋服に紛れてみつけたから。
私は、ハッと思い立ち、もう一度ウォークイン・クローゼットへ向かう。
満面の笑みでクローゼットから出てきた私は、オレンジ色のタンクトップに、古着のジーンズを裁断しただけのホットパンツを履いていた。
息子が小学生の頃よりも少しずつスレンダーに戻った私には、奇跡的にその古着のホットパンツが履けたこと、嬉しくてたまらなかった。
あの頃の気分に戻りたい。
私は、既に完成した寸胴鍋の煮込み料理を、もいちど献立変更して作り直す事にした。
先ほどまでは『記念日、覚えててくれてるかな』という不安と期待が入り交じっていたが、今は『思い出してくれるかな、あの頃のこと』という嬉し恥ずかしな期待が勝っていた。
玄関の扉を開けるなり、まさとは眼を丸くしてすぐ、ホッと安堵した表情で、最近見せたことのないクシャクシャの笑顔に変わった。
同じこと、考えてたんだね!
結婚記念日というよりも、二人の始まり記念日だってこと❗❗
まさとはさっそく、プレゼントを差し出す。
めぐみは、ひょっとしたら❗と期待した。
玄関ポーチに立ったまま、即座にラッピングを開ける。
確かにCDだが、それは〈米米CLUB〉の『浪漫飛行』で、めぐみがクローゼットで見つけたCDとは違っていた。
でも、これの方が、うれしい♬ 記念のCDを2枚も要らないし。
確かにめぐみには嬉しいサプライズだったと、まさとは確信した。
それよりも、あの頃のままみたいなホットパンツ姿が嬉しくて、満開のクシャクシャ笑顔。
あのプレゼントした時、確かめぐみはピンク色のタンクトップだった。
でも、この方が、いいや🎵今のめぐみはオレンジ色が好い。
「ありがとう、まさと。あの頃のこと、覚えてたんだね。
今日は『マッサマン風のチキンカレー』だよ⁉」
「おっ!あの頃の得意料理!『マッサマン』出ました」
「マッサマン風の、だよ。
カレーライスさえ食べさせとけば喜んでたからね、まさと」
「贅沢できなかったもんな。でも、旨かった。」
「ついでに、言ってもいい?」
「いいよ、何?愛してるとか言ってくれるわけ?」
「残念でした❗違います。
あの時、初めてくれたプレゼントは、〈米米CLUB〉の『浪漫飛行』じゃなかったんです」
「ぇ、マジ⁉❕❔どれ❔何だった❔」
めぐみは、小走りでダイニングテーブルの上からそのCDを取りに行き、まさとに駆け寄って手渡した。
KANの『愛は勝つ』だった。
「ダッセー俺。マジかよ。愛は勝つんだ。。。❔」
「勝ったのかな。。。❔」
「さぁ、、、とりあえずマッサマンは旨いよ。昔よりも。
マッサマン、大満足」
「とりあえず、息子は勝ったみたいよ。バスケの遠征試合で」
「どれどれ?」
めぐみのスマホのLINEには、息子のジドリ写真がUPされていた。
マッサマン風のチキンカレーを口に運びながら、まさとは呟く。
「ダッセー。ピースサインかよ」
ーーー The End of A Period
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