長編小説「ひだまり~追憶の章~」Vol.9-④
~SKIERへのカウントダウン@ A Live in KYOTO Night ~
Vol.9‐④
午後10時を過ぎて、私はナカサン達の宿泊しているホテルへ足を運んだ。数々の今夜の出来事が頭の中を駆け巡り、ぼんやりとしたまんま。
気持ちの動揺を鎮めようと、まず、コーヒーを飲もうとしてティーラウンジを探した。
何て言ってナカサンに話を切り出そうか。。。
もうプライヴェートな夜をナカサンと過ごすつもりは無いことを。
TAKUMIに抱いたあの気持ちは何だったのか。。。
私はナカサンとの決着をつけたいのだろうか、それとも、単純にTAKUMIに逢いたいのだろうか?それなら、TAKUMIと逢ってどうしたいのだろうか。。。
気もそぞろにティーラウンジの奥へと進んで行く。
ふと、足元に何か触れて視線を下に落とした。ナカサンの右手が伸びて来て、前に進もうとする私を遮っていた。
バンド仲間とTAKUMIが、テーブルを囲んでソファに腰掛けている。
一瞬ビクッとしてから、私はとっさに目が合ったTAKUMIに目礼する。TAKUMIはマジマジと眼を見開いて見つめ、しばらくしてから顔見知りのようなお辞儀をした。
華やかなステージ衣装から、シンプルなTシャツとジーンズに着替えていた。どこにでも居そうな、ちょっとカッコイイ二十歳過ぎの若者だ。
私は好感を抱いた。
「やぁ。また来てくれたんだね」
ナカサンが先に声をかけた。相変わらず陽気な口調なので、私は戸惑って作り笑いを向けた。
「、、、こんばんは」
「後で電話するよ。今日は自宅に居るんでしょ?」
「そうです」
「それより紹介するよ。まず、こいつがTAKUMI」
ナカサンはTAKUMIを指差して言った。
「鈴木拓己です。よろしく」
歌声よりも少し低いトーンで、本名を名乗った。
「彼はまだ23歳。新人だけど、今かなり人気が出始めてるんだ。TVドラマで観たことないかい?」
「あります」
「歌う方が専門なんですけど、ドラマの方で顔が知られちゃって。今日は来てくださってどうも、ありがとうございます」
頭を下げてから、拓己が右手を差し出した。私はそれに応えて握手する。
指先の長い両手に、私の右手は柔らかく包まれた。温かな感触。穏やかだけど熱い気持ちが私の胸に込み上げる。しばらく見つめ合う。
まるでいつか出逢う事を知っていたように、拓己はコクリと頷き、笑顔を見せた。
「こちらこそ。楽しいコンサートを、どうもありがとう」
私も笑顔を返した。やっと逢えた、、、心の中でそう呟いた時、拓己はまた頷きギュッと握り締めると、ゆっくりと手を離した。
ナカサンは次に、ベイシストを紹介した。
「残りのメンバーは、この前の時と同じだよね。
拓己。彼女は美雪ちゃん。スキーのインストラクターをしてるんだ。夏場はスポーツ・メイカーで働いてるんだよね?」
「そうです」
「へぇえ、スキーのイントラかぁ。僕もスキーした事あるけど、あれは『習うより慣れよ』だよね?」
ベイシストが私に尋ねた。
「そうですね。子供の頃からやってると、身体で覚えますからね」
「小さい時からスキーやってるの?」
ドラマーが訊いた。
「はい。8歳の時から」
「生まれは雪国なの?」
ベイシストの問いに、私は答える。
「いえ。この京都です」
私はチラッと拓己の方を観た。さっきからずっと黙って私に視線を当てている。目が合ってしばらくしてから、拓己はナカサンを向き直り、もう一度私に視線を戻しジッと見つめた。ナカサンと私の繋がりを知りたそうにしているのが、判った。
「ナカサンも京都出身ですよね。あっ、生田ジョージさんのツアーでナカサンと知り合ったんです」
拓己はウンウンと縦に頷いた。ベイシストが『なるほどっ』と言った。
「他のメンバーは皆、この前の詩織ちゃんとこで会ってるんだよね」
ナカサンが口を挟んだ。拓己がまた、ナカサンを一瞥。そして促すように私をジッと見つめた。
どこでいつ仲間と知り合っているのか、知りた気だ。なぜだか拓己の考えている事は表情で分かってしまう。そして分かってしまう事を、拓己が少しも不思議がってはいない。私は応える。
「あの北山での夜は楽しかったですね。神戸まで斎藤詩織さんのLIVEに行ったりして。詩織さんはついこの間、クリスマスにもビブレホールに来てはったんですよね?」
「そうそう。ベイスだけ入れ替えたら、詩織ちゃんとこと同じメンバーなんだよ」
ナカサンが答えた。拓己はまたウンウンと頷いている。ベイシスト以外はステージ降りての顔見知りだと判ったらしい。
その時、拓己は急に立ち上がり、他のテーブルから重いソファを一つ、動かして来た。
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