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長編小説「ひだまり~追憶の章~」Vol.10‐⑦

~歩き出したスキーヤー@ A Brand-new World in SNOW~


Vol.10-⑦

 栗沢君とエレヴェーターに乗り込み、5階で降りた。
 フロア全体がゆったりとしたサロンのような展示会場になっている。〈KAZAMA〉と取引しているクラブ・チームの人達は、まずこのフロアに案内され、販促部員達と商談する事が多いようだ。

 奥まった正面に〈KAZAMA SKI〉のニューモデルがズラリと端から端まで並んでいる。エキスパート・モデルからレクレーション・モデル、レディース・モデル、ジュニアレーサー・タイプ、キッズ・セット、ノルディック競技用まで、壁一面にスキー板が展開されていた。

 その正面に佇んで、ジッとコンペティション・モデルを見つめている後ろ姿が、平沢課長だった。
 栗沢君が声をかける。
「平沢課長。青野美雪さんが来店されてます」
 平沢課長は腕組を解き『おお!』と声を返し、振り向いた。
「ようこそ、いらっしゃい!」
「お久しぶりです」
「オーダー会以来だね」

「あの時はお世話になりました」
「火曜日に来るって事は、会社の用事じゃないね?」
「はい。個人的な事で」
 
平沢課長は表情だけで微笑んだ。その笑みが温かい眼差しだった。

「こっち来て、見てごらん?ニューモデル」
 私はゆっくりと近づき、彼の見つめている〈TWOpointTWO〉を観た。グリーンからオレンジのグラデーションカラーのデザインは変わりなかったが、心持ちサイド・カーヴが鋭くマイナーチェンジしているように感じる。
「青野さんは、コブ斜面が得意だったね?」
「はい。どちらかと言えば、ごまかしの利かない中斜面整地より、急斜面不整地を勢いよく滑るのが好きです」
「月山の合宿の時は〈TWOpointTHREE〉も試してみた?」

「はい。確かに高速の安定性は〈TWOpointTHREE〉の方が上でしたが、脚力的にどんな斜面でも乗りこなすにはちょっと、扱いにくいと感じました」
「僕は〈Two・TWO〉を君に履いて欲しいんだよ。〈TWO・THREE〉は確かに最上級モデルだが、男子選手が履いてくれる。女子選手の脚力でも使いこなせる事を〈TWO・TWO〉で青野さんに実証して欲しい。君は関西の広告塔だからね」
「光栄です」
「選手権に、出る気になったんでしょ?」
「、、、はい」
「もうそろそろ、言って来ると思ってたよ」

 
 私は俯いて照れ笑いした。柔らかい眼差しは変わらず、でも淡々と平沢課長は続ける。
「技術選の選手としては、年齢的に良い時期だ。学生の頃の体力はないかもしれないが、気力が充実していて環境さえ整えば、気持ち次第で没頭出来る」
「はい」
「学生はせっかく育てても、実力があっても、大半は卒業したら就職して辞めて行く。青野さんは今でも八方尾根でイントラ続けている分、取り組み方が違う」

 栗沢君の方を向き直り、平沢課長は告げる。
「栗沢。青野さんのビデオを持って来てくれ。先シーズン、合宿中に撮った急斜面のテイクだ」
「了解しました。喜んで!」



八方尾根第3ケルン付近@長野県北安曇郡
モニカ・セレス菱子&えすぎ・あみ~ご

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