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長編小説「ひだまり~追憶の章~」Vol.8-③

~師走のスキーヤー@クリスマスの京都~


Vol.8‐③

「辞めて、どうするんや?」
「今シーズンも白馬に行って、イントラの仕事して暮らす。その間に選手権にもエントリーしてみる。まだ間に合う。
 自分がどの程度のレベルなのか知らないと、上手くも成れへんし。それから、春になってゲレンデが雪解けしたら、立山か月山へ履歴書と失業保険持って働きに行く。8月までは空き時間に滑れるし、何にも無い所やからお金も貯まる。たまに下山しても文庫本買い漁るくらいらしいので。
 ちゃんと貯まったら、ニュージーランドへスキーに行けるかもやし、冬までの資金繰りに出来るし」

「それから?」
「それからまた、白馬に戻ってもう1年同じ事繰り返すかもしらへんし、別のもの見つけるかもしらん。判らん。
 それだけやったら、スキーするのも嫌に成るかも。でも気が済むまでやってみなくちゃ、その先は分らへん」
「そんなん、いつまで続くと思うんや。。。」
「判らん。多分私はスキーを嫌いになんて成れない。辞められへん」
「そんなん1年続いたらええ方や。そんな夢みたいな事で生きてけると思うか?せっかくこうやって就職して落ち着いたのに、もう一回ここに戻れるほど、甘くないで」

「夢みたいとちゃう!現実に出来る事積み上げて来たんやし。
 1年どころか何年もこうして来たんや。19の時からやし。学生の時から、冬場の為にもう何回もバイトを替えた。卒業してからは春に成って戻って来る度に、真っ黒な顔して履歴書持って面接行って、、、生活の為にバイトして、バイトの数の倍ほど履歴書も書いてその倍ほど求人雑誌も買った。それと同じ事繰り返すだけや。最低限な!
 それが雪の積もってる所に代わるだけやし、もっと滑れるだけやし。
 1日でも多くスキーする為やったら、何にも苦労に成らへんかった。スキーしてる時が一番幸せなんやもん。そのスキーを我慢するなんて、私には出来へん!!」
「アホか、お前。
 三十に成ってもそんな事出来るか?今かて25歳やろ。普通やったら結婚するか仕事続けるか悩んでもおかしない時に、そんな先の事もわからんような生活なんか出来るか?」

 とっさに私は池田君を睨んだ。
 私はアホや、と開き直るのは簡単だ。心配してくれるのは有難い。だが、私は冷めて行くばかりだ。ムッと来た感情が今は氷みたいに、喉の奥で凍っている。


「私は『お前』やないし、夢見てるだけじゃない」
 
呪詛するように低く応えた。続ける。
「今25歳やからこそ、本気でそう考えてる。私が両親と同居してるのなら冬だけスキーのイントラ続けてく事も出来る。でも、私は自分で生活してるんや。冬だけでも自分の好きな仕事で生活出来てるの。
 だったら、夏場も生活の場を雪の在る所にして行かなくちゃ。自分さえ迷わなかったら必ず、スキーを生活にして行く方法は有る筈や。そのためやったら長野県に住民票移すかもしらへんし、また『プー太郎』するかもしらへん。でもな。中途半端ばっかりの私が唯一、十数年間も続けてるのは、スキーだけなんや。
 私かて、自分の一番幸せに成れる生活したかて、かまへん筈や。何のために自分の一番好きな事我慢しなあかんの⁉私には。。。
 我慢強いられてると感じる分野が、違うの」

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