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連作ミステリ長編☆第1話「フェイドアウトのそのあとに」Vol.2

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〜2月24日 15:00

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門


~私立探偵コジマ&検察官マイコのシリーズ~
連作ミステリ長編☆「MUSEが微笑む時」
第1話「フェイドアウトのそのあとに」


○ ーーーーーーーー あらすじ ーーーーーーーーーーーーーーーー ○
  私立探偵小嶋雅哉は法律事務所書記担当を退職し、京都に戻り元裁判所所長の叔父政之との共同経営が軌道に乗り始めた頃、検察官中原麻衣子と出逢った。仲が定着し始めた晩秋、退所前の元恋人から極秘の依頼を受けた。
 組織的な音楽LIVEチケットの転売に、警察庁のトップが絡む疑惑を調べて欲しいとの依頼。他方で、巷の個人ネット販売による転売送検で停滞なく、麻衣子も忙殺されていた。警視庁と警察庁の相殺監視で、犯罪を未遂に留める動向の互いのトップに犯罪疑惑が被せられている。
 音楽を創る側、消費する側、違法を取り締まる側。各々の生活も絡み、最後に音楽の女神MUSEが微笑んだのは、誰の為なのか。。。


Vol.2‐①

 〈西陣〉という町名は、ない。

 正確に云うと、縦と横の通り名は人知のところだが、その内側の町区名に、〈西陣〉というのが存在しないのだ。
 〈西陣織〉に代表される反物ビジネスの街として、室町時代の古(いにしえ)から、現在まで知られた京都の象徴の一つでもあるのだが、住所や会社の所在地として〈西陣〉を目指しても、見つかることは、ない。

 京都市内に長らく住み着いている人にとっては、当たり前になっているトリビアだが、ビジネス街として烏丸通を中心に発展した都会的な街角とは別に、600年もの昔から職工に携わる文化と商業が直結した地域として、今もなお、名残りを映している街並みでもある。

 そんな事は『SIZUYA』の菓子パンの、生クリームの甘さくらい承知な神山真澄が、本日ここへやって来る。

 『SIZUYA』の菓子パンを手土産に持参はしないだろうが、どちらかと云うと、『ブール』の焼きあがったばかりのバケットを抱えて歩いて来る方が、似合いそうだ。ーーーいや、あれは川崎に居た頃の真澄のイメージだった。

 ちゃうちゃう。。。着物姿やろうか。。。ちゃうちゃう。

 全く、装いが予想できずにいるオレは、シャーロック・ホームズよろしく、お気に入りの可動式背もたれの椅子にゆったりともたれて、煙草をくゆらす。
 パイプを吹かすところまで成り切っている訳ではないのだが。


 この〈西陣〉界隈には不似合いな雑居ビルの2階3階が、オレ達の事務所〈プライヴェートEYE小嶋〉なのだ。

 だが、内装リフォームは和モダンなヴィンテージ感を残したデザインに仕上がっている。玄関口は狭いが〈うなぎの寝床〉とも称される奥に細長い間取りの勝手口側は、一つ西に入った通りに面していて、一見すると長屋の町家風。その辺は、オレ達なりに京の町の景観を考えた、つもりだ。ここに事務所を構えて4年になる。

 イヤこれは、共同経営者である叔父、小嶋政之の発案だった。

 オレは3階の、内装壁を取っ払って、コンクリート打ちっぱなしの空調パイプむき出しの〈SOHO ART〉感の部屋を、デザイン考案したのだった。
 忘れていた。

 だけどオレは、こっちが気に入ってしまったから、ほとんど2階を仕事場にしているのだが、代わりに相棒の菅原が3階を占拠してしまったのだ。
 ことわっておくが、こいつ菅原は出資していない。

 それに、「菅原」と云う苗字だが「道真」ではない。「道兼」であり、学業よりも「コマシ」が得意科目だったらしく、男女間の案件を一手に引き受けるつもりでいる。

 そやから、モテそうな部屋のシュール・レアリスム応接間の方を選んだんか。。。❔

 オレは、今頃気づいた。「コマシ」ではなく、俺は「コジマ」だ。
 それはともかく。
 どんな出で立ちで真澄が現れてくれるのか、楽しみでしかたがない。その気持ちをゆっくりと、煙といっしょにくゆらせている。

 日曜日を指定して来たのは、料亭「たちき」の定休日に、じっくりと相談したいのだろう。おもわずニヤニヤと笑みを浮かべてしまった。オレはハッと振り返り、事務員が観ていなかったか慌てて確認した。

 よかった。。。真希ちゃんは今日も3階に居る。

 もともと、普通の会社で経理をしていた女子だが、あの〈赤の洞窟〉の件から懐いてしまい、とうとう、うちの事務員に居座ったのだ。真希ちゃんも、菅原の毒牙にやられてしまったか。。。

 イヤイヤ手を出してはいないのだが。けれども経理事務員としては、何も心配なく任せておける人材だ。真希ちゃんも、あのモダンな打ちっぱなしの方が、好かったか、、、❔好きに行き来して良いと言ったら、両方にデスクを構えた。

 デキル!彼女はデキル!
 あ、けど真澄もそっちの方が、好かったのかな❔
 あっ⁉呼び捨ては、もう止めておかなくちゃ、かもしれない。

 ぁ、けど壁の現代アート額縁のガブリエラ・ラヴェッツァリはアルゼンティーナだが、不思議に和モダンなこの空間にマッチしている。これは料亭「たちき」の女将でも気に入ってくれるかもしれない。

 そういえば、真澄がかつて勤めていたホテルのフロント前にも、パウル・クレーの作品で統一された空間が在った。本物かどうか、オレには判らないが。

 とにかく、この現代アートな空間で、神山真澄と待ち合わせできる事は、無性に嬉しい、オレなのだ。



 随分早くから、神山真澄を待つ態勢に入ったので、オレは妄想にくたびれて、この雑居ビルの階下に降りた。

 1階は、ちょっとヴィンテージ感漂うカフェになっている。店長はオレの叔父、小嶋政之だ。
 つまり、探偵の仕事をほとんどせずに、1階で珈琲をたてている。もちろん共同経営者なので、大きな企業の機密事項やややこしい組織が関わる案件は任せているが、こんな西陣の小さな個人事務所には、あんまり「でっかいヤマ」は来ない。

 つまり、平和な毎日だ。

 趣味が高じた叔父のカフェ・ギャルソンぶりは好評で、地元に馴染んだ常連客が、仕事の合間に集まって来る。近所の主婦がランチ代わりに幼児を連れて、ホットサンドを食べにやって来る。
 つまり、もうそれぞれの客の専用席は決まっている。観光客が迷い込んだ時だけ、席を譲るのだ。

 オレも、L字型カウンターの一番端で、つまり、いつもの【すみっこ暮らし】で、今日はいつもと違ってマンデリンのストレートを、マスター(叔父)に注文した。

 叔父のコジマは豆を挽くところから始め、サイフォンかと思いきや、今日はペーパー・ドリップで、注ぎ口がキリンの首のように細長いポットから、ゆっくりと丁寧に円を描くように熱湯を注ぐ。
 甥っ子のコジマは、さして興味ない経済新聞を読むフリだけして、その漂う珈琲豆の香りを味わい、時間を贅沢に味わうのだ。

 ついでに云うと、叔父もオレも菅原も、一応、法学部出身だ。

 遠い遠い、血のつながりなんか無さそうな親戚の祖先かなんかが政治家らしくって、逃げても逃げてもどうしても、法律に関わる仕事に落ち着くのだ。

 叔父は元裁判所所長で、オレは元弁護士事務所勤め、菅原に至っては法学部の新卒で叔父に採用された。
 つまり、3名とも年数だけは法律のベテランだ。真希ちゃんも経理のベテランだ。

 それなりに商売が繁盛するだけの信頼があり、その上でこのような贅沢に時間を日々味わっている事を、忘れないでいて欲しい。
 彼女である検察官マイコにだって、途中でLINEやSkypeさえ出来る。

 平和で穏やかな日常だ。

 その平和で穏やかな日常が、唐突にブレイク・スルーされた。
 いや、ブレイク・タイムを突破された。

 コーヒー・ブラウン色の扉の向こうで、ドア枠のガラス越しに、見慣れない白い人影が、現れた。

 見慣れないなんてもんじゃない。『そして僕は途方に暮れる』くらい、この西陣界隈に見かけない服装の女性が、このカフェに入って来たのだ。
 穏やかな日常が壊され、まさに突き抜けるくらい。

 なんてこった♪
 これは、レイモンド・チャンドラーの「かわいい女」の邂逅シーンそのものやんか。

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