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冷めきった恋愛観


全国の女友達に恋愛に対して冷めきっていると言われた私の恋愛観について。

結婚指輪は、新郎と新婦が互いに永久の愛を誓い合うときの証としてつけるもの。と私は解釈している。だが、正直結婚指輪を身につけたいと思わない。普段お洒落やメイクをした時に、それらに似合うアクセサリーを身につける。だが、長時間何かを体に身に付けているのが私は好きではない。出かけて帰り際には既に外している。好きではないという理由は、「邪魔だから」ただそれだけである。
銀や金色の輪っかを指にはめていなくても、互いが愛を持っていればそれでいいじゃないか。なぜ女の人はそんなに証やペアリングを欲しがるのか。でもきっと、欲しいと思う欲求の方が普通なんだ。なにか目に見える形あるもので愛を示したいと思う気持ちは分からなくもない。だが、邪魔すぎるほんとに。

「彼氏が私の好きなとこ10個いえなかったんだよ、最低じゃない?」

と言われても、言葉より行動だろと思ってしまう。10個言えたところで何が決まる。どこに確信をもつ?なにがしたい?よく分からない。10個好きなところを言われるより、行動で愛を伝えられた方がよっぽど嬉しい。

そして、最大に冷めきっていると言われた事は、記念日を祝う必要性について。
毎月か1年に祝う意味とは。けれど、ケーキやディナーでもてなされたりもてなしたり、プレゼントを交換したりをしたいと思う人の方が圧倒的に多いはずだ。別に祝わずとも、
LINEや対面で、「今日1ヶ月だね。」それで終わりでいいじゃないか。面倒くさすぎる。

私はいつも、自身に利益があるかどうかを考えてしまう。性格が好きとか顔が好きとかではなくて、周りから見て影響力がある人、目立つ人。自分よりも地位と名誉がある人。有名な人。その人の隣に立つ優越感。そうゆうものでしか異性を恋愛として好きになれない。

だが、1度、好きとはいかないが、純粋に良いなと思った人がいた。物凄く気が遣えて、頭の回転が早く、謙虚で真面目。尊敬しかない人だった。けれども、自分に利益があるかどうかを考えた時に、顔が物足りないな。とか思ってしまった。でもものすごくいい人だった。好きになりたかった。
でもどうしても、気になるどまりだった。

理想が高すぎる故に、恋愛体質じゃないから冷めきってるのかもしれない。

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