香港人から見た隣の親戚「中国」への複雑な思い
香港が大規模なデモで揺れています。香港で一緒に仕事をした香港人たちの話から、香港人の「中国」(中国本土)への思いをたどってみたいと思います。1997年の香港返還時から、中国が経済発展を遂げた2000年台、そして現在の中国についてです。
香港には仕事や観光で多いときには毎週通いました。香港のデモの映像には、よく知っている繁華街が、知り合いの香港人と違わない様子の人々で埋め尽くされている姿が映っています。
香港の人口は2017年で739万人。集会の参加者(主催者発表)170万人というのは、全人口の4人-5人に1人が参加しているという数字です。
一緒に仕事をした人たちはどうしているのだろう。その思いから、これまで聞いた香港人の「中国」(中国本土)への思いをたどってみることにしました。
1997年香港返還時の歓迎と不安
私が初めて香港を訪れたのは1997年。まだイギリス領でした。その年に主権が中国に返還され、香港は中華人民共和国の特別行政区となりました。
返還に当たっては、50年間(2047年まで)は香港の政治システム(軍事・外交は除く)を維持するという約束が結ばれました。
これにより、一国二制度と呼ばれるように、中国の制度とは別に、香港ではイギリス統治下にできた三権分立などの制度が維持されています。オリンピックで香港チームが出場するのもそういう背景です。
1997年の返還のときにも、複雑な思いは入り乱れていました。
一つはイギリス領からの独立。「港人治港」(香港の人が香港を治める)がキーワードであったように、自治を獲得したという歓迎ムードがありました。
また、「香港人」としてのアイデンティティの一方で、本土にいる親戚との交流もあり、自分は中華民族(というか広東人)という意識があるので、中国への「返還」として歓迎されました。
もう一つは、共産主義の中国に組み入れられることで、経済や思想などさまざまな自由を失うことへの不安です。
返還前にはカナダなどへ脱出する動きもありました。知り合いにはシンガポールに移住した人もいます。香港で一緒に仕事をした人たちは、聞くとたいてい親族の誰かはカナダ国籍を取っていました。この人たちの社会的な位置付けとしては、大学に進学して会社勤めをしている中の上の家庭というところです。
2000年台中国の経済発展による恩恵
50年の期限付き自治を享受して、香港は金融センターとして繁栄しました。2000年台に中国が経済的に発展したことも香港の繁栄を支えました。中国という独自な閉鎖的な社会と、世界のビジネスをつなぐ窓口として栄えたのです。
香港の金融市場は、共産主義の建前で統制する市場ではやりにくかった資金調達や外貨との交換などを担いました。
また、中国との取引の拠点として、中国での許認可などを含め、独自な商習慣・制度を持つ中国のビジネスとの橋渡し役を担いました。
中国の経済大国化による変化
しかし、中国が世界第2位の経済大国になっていくとともに、中国本土がビジネスへの対応を進めていきました。上海市場など、中国本土の窓口も大きくなり、現在は中国との取引にとって香港は必ずしも必要ではなくなっています。
(ちなみに、上海人に聞くと、香港は外国、特に日本ばかり好きという悪口が聞けます。香港人に聞くと、上海は急ごしらえのビジネスの新人。仲悪いライバルです)
香港にとっても、中国本土に富裕層が増えたことによる問題も起きてきました。中国本土からの観光客は重要な産業ですが、人が来すぎる、粉ミルクなどが買い尽くされる、などの問題が浮上。
住宅では、中国本土からの投資や永住権(7年住めば永住権が取得できる)のために価格が高騰して、日本円換算で億ション続出という問題も起きています。
過去には、永住権取得のための越境出産が増えすぎて、出産する病院が確保できないという生活に直結する問題も起きました。(今は越境出産では永住権は取得できなくなりました)
中国が進める香港の一体化への危機感
成長する中国と香港との蜜月が終わりつつある近年、中国としてはどう香港を普通の一地域として取り込むかという動きが見えるようになりました。政治的な動きを暗に陽に弾圧したり、共通語(北京語)を教育したり、本土との高速鉄道やマカオ・珠海をつなぐ港珠澳大橋などで地理的に一体化させたりしています。
香港では、2014年に行政長官の選挙の民主化を求める「雨傘運動」が起きました。今回の2019年のデモは「逃亡犯条例」の改正案をきっかけにしています。これが人口の4、5人に1人が参加する大規模な社会運動になっているのは、50年という期限を半分も経たないうちに、香港の自由が奪われることへの反発・不安です。
香港人はビジネスにしか興味がないといわれます。実際、「仕事にやる気が出る方法」を尋ねたら、複数の人が「給料アップ!」と単純明快に答えましたし、多くの人が株式投資をしています。健康にものすごく気を遣う、小柄で細身のややひ弱な印象の人たちです。
そんな香港人たちですが、自由が奪われる、ひいては自分の生命や、ビジネスを奪われる危機を感じて、多くの人がデモや集会に参加しているのだと思います。
中国政府が軍事的な圧力を掛けているのは逆効果です。外から見れば、中国政府は適当に妥協をして沈静化させ、返還から50年後の2047年に向けて少しずつ一体化を進めるのが効果的だと明らかなのですが、当事者だと面子があるのか、中国本土への示しが必要なのか。
自分の自由に関する切実な問題
本稿では香港返還以降の香港と「中国」(中国本土)の関係を見てきました。台湾のように反目してきた過去はなく、経済的にも中国の発展の恩恵を受けてきましたが、近年は負の側面が目立ちます。「隣の親戚」ではあるが抑圧的な中国が、力と自信を付けて、香港を一地域として扱おうとしていることへの不満と不安が香港に積もっています。
香港のデモの参加者の願いは、可能な限りは地元である香港で自由に暮らしたい、といったところでしょうか。また、全員がカナダなどの外国に逃げられるわけではありません。自分の自由に関する切実な問題なので、中国が今のまま共産党独裁体制である限り、運動の盛衰はあっても、重要な社会問題として、香港を動かし続けることと思います。