サイレントウェーブ

その日、洋服や小物など自分の買い物を少しして家に帰宅した。その時最初に感じた変化は、家の中の雰囲気がいつもと違う事だった。家具の配置も、家の中も何一つ変わっていない。けれど何かが違う。誰かが侵入した形跡のような感じとは違うし、かといっても不気味さとも違う、けれどなんだか不思議な感覚なのだ。この感覚は時々、旅行や外泊で、数日家を空けて帰ってきたときの感覚に似ていた。その不思議な家の中には様々な生活の匂いが心地よくわたしの鼻腔を刺激した。

「お帰り、ただいまぐらいいなさいよ」

和室で洗濯物をたたみ終えた母がリビングで呆然としているわたしに向かっていった。

「ごめん。ただいま」

「どうしたの?なんか晴れ晴れした顔してるけれど」

「久しぶりに散財してきたからかも」

「いいんじゃない?まだ若いんだし、それに何十万もの買い物したわけじゃないでしょ?」

「そんなにお金ないって。バイト代だって少しは貯めないと。」

「そんなことより、これから夕飯の買い物出るけど、何にする?」

そういいながらわたしに母は洗濯物を手渡した。

「適当でいいけど…、そうだな、ちょっと疲れたからさ休むから、温められる夕飯にしてもらえればうれしいな」

「そう。わかった。」

母親が嬉しそうに買い物に出かけて行った。わたしは自分の部屋で、少しだけ眠りについた。

数日後わたしは靖穂さんに連絡して、働くことを決めた。このご時世、雇い主の方から仕事をしませんかと言われることはよく考えたらまれだろう。その時香奈に対する不信感を抱いていたこと、香奈に対する嫌がらせをしようとしていたことを思い出した。

「そっか決まったんだ。よかった。」

「ありがとう。正社員として雇ってくれるってありがたいし、給料も上がるし」

「わたしも手伝いに行く時もあるし、うちで取り扱っている商品を納品に行く時もあるからさ」

わたしが働くことになったお店は月、火、木、土が午前11時開店、夜9時まで営業の食事処で水曜日、金曜日がど占いカフェそのどちらもが予約がないと入れないシステムだった。

わたしは案内係と予約されたお客様の管理を任されることになった。厨房には二人の料理人、料理を出す係が二人。できるだけ行き届いたサービスになるようにと予約にも制限があり、忙しく動きまわることはなさそうだった。食材は香奈の叔父さんで靖穂さんの旦那さんが仕入れを担当し、厳選された、食材を必要なだけ仕入れることになっている。

働き始めて一ヶ月が過ぎた。大きなミスもなく順調に進んでいる。水曜日と金曜日のカフェは予約のお客様3人までお受けして、空いた時間は掃除や顧客の管理などをすることになっている。靖穂さん夫婦の知り合いのお客さんが多かった。占いカフェの営業時は、靖穂さんの秘書のような形で、いわれた通りに、相談内容やら相談時の状況などのメモを取り、そのメモをタブレットで管理したりする仕事に就いた。今のところ訪れる人の相談内容は、娘の結婚、引っ越し先の条件、土地を購入にあたって問題があるかとかそんな内容の相談が多かった。予約の段階でお受けできるかできないかも靖穂さんに、確認してからで、靖穂さんの返答次第ではお断りすることもあった。

三ヶ月後わたしは、家を出て一人暮らしをはじめた。香奈とも顔見知りだったうちの両親は、仕事が決まった時も彼女なら安心ねと言って仕事に就くことを快く了承してくれ、一人暮らしにも反対されなかった。仕事が決まりだしてから、わたしにもいろいろ口うるさく関心を寄せていたのに、あまり関心を示さなくなったのは私自身の生活にもいい変化を感じとってくれたからだろうとそう思った。

今日は水曜日、一件のカフェの予約が入っている。常連さんが多いことに気づいたわたしは、名前とその人の特徴をできるだけ詳しく覚えるようにした。職場には午前10時半までに出勤し、その日の準備を始める。まずは整理整頓などをして予約のお客様を待っていた。予約用の電話に常連のお客様からの連絡があった。

「いつも贔屓にしてくださる波佐間さんからカフェの方に新規のお客様を紹介したいという話を受けたのですがどうしますか?」

その話をした瞬間、いつも静かな店内に食器が音を鳴らした。電話が鳴った時あわてて出て、手入れしていた食器をアンバランスにおいてしまったわたしのミスだった。

「こういうことがあるから、食器の扱いには丁寧にね。」

「すいません。」

わたしは頭を下げた。

「それより、その話お受けした方がよさそうよ。」

「わかりました。」

わたしは波佐間さんに折り返し連絡をした。

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