虚ろい
僕の同僚の女性が自殺した。そんなに親しかったわけではないけれど、好きだと告白されたことがあった。職場の人たちを交えて何度か飲みに出かけたことがありただそれだけで、僕には付き合っている女性がいてうまくいっていたし、それを理由に断った。自殺した御沢さんは僕に彼女がいるとわかると何か嫌がらせのようなことをしてくる陰気さを感じて、できるだけ丁重に角が立つことがないように交際をことわった。
彼女は納得してくれてそれっきり何事もなく、会社でも普通に接してくれていた。そんな出来事から一年半後、御沢さんは命を絶った。25歳、僕の一つ年上の女性だ。
「知り合いの借金の連帯保証人になってたみたい。」
「えぇ?そうなの?見えない…あっ、でもなんか言われたらなんでも言うことを聞いちゃいそうな雰囲気を持ってるよね」
「わかる。そんな感じ。」
会社の女性たちの間ではそんな話が出回っていた。きっと僕が断った話もうわさになるだろう…。葬式と通夜にも顔を出したけれど、普通の一般家庭のように思えた。父親は公務員で母親は主婦、いたって普通の家庭。
*
「野上くんちょっといい?」
僕に話しかけてくれたのは、御沢さんの同僚で本田さんという女性だ。御沢さんとも会社では親しくしていた人で本田さんは御沢さんが僕に思いを寄せていたことを知っている。
「ごめん。今、仕事が立て込んでて、後でじゃだめ?」
「うん。わかった。」
本田さんは社内でも人気があり正直、御沢さんよりも本田さんの方がタイプだった。
仕事終わりに本田さんと新森という同僚を交えて、飲みに行くことになり待ち合わせの店に向かった。場所は個室の居酒屋。
「ごめん、この時期、こういう場所しかなかなかあいてなくてさ。」
店の予約をした、新森が僕の顔をみるなり言った。
「本田さんは?」
「別の用事があってそれ済ませてから来るって。」
何だろう用事とは…と思ったけれど僕には一切関係ないと思いながらもやはり気になった。着ていたコートを脱いで席に着くと、新森が言った。
「心配すんな。今回の御沢さんの自殺の件はお前には一切関係ないよ。」
「えっ?」
「気にしてるんだろ?」
「まぁ、気にしてないって言ったらウソになるけどな。」
「どうやら俺が御沢さんに告白されて振った話になってるからさ、野上しらなかっただろう。」
僕は頷きながら、出されたお通しに箸をつけた。知らなかった新森が告白されて…という話になっているのか…。
「まぁ、その話はおいておいて、やっぱり借金の連帯証人になってたぽいな。会社にも何度も電話がかかってきてたみたいで、俺を気にかけてくれた、かわいい後輩ちゃんがその電話を聞いていて、昨日かな、気にかけてわざわざ声をかけて教えてくれたんだ。早く知らせてやりたかったけど、俺も忙しくてさ。」
「いや…なんて言ったらいいのか…」
僕はそう答えた。注文した生ビールがテーブルに運ばれてきたすぐ後に本田さんが靴の音を鳴らして、別の店員さんに誘導されてすまなそうに現れた。
「ごめんね。今日、御沢のアパート引き払うみたいで、両親が荷物をまとめるっていうからさ作業手伝ってきたんだ。気になることもあったし、わたしぐらいでしょ?御沢と会社で親しかった同僚って。…一応ね。」
そういいながら着ていたコートを脱いで本田さんは新森の席の隣に座った。
「借金の話本当だった。借金の返済の督促状、結構な枚数だったから相当消費者金融から借金してたみたいだよ。御沢の両親にはわからないように写真撮ってきた」
そういうと、本田さんは僕と新森にスマホを見せてくれた。
「でも何につかったんだろう?ブランド物をもっていたりそんな雰囲気でもなさそうだけどな。」
僕は二人に疑問を促すように話した。
「うん。それがね、御沢の両親が話してくれたんだけれど、御沢とお母さん、血縁関係にないんだってさ。要は義理の母親。一緒に住んでいない、実の母親って言いう人がなんか…消費者金融からたくさんお金借りてて、その保証人になったんだって、実のお父さんにも言えなかったみたい。何か聞いてましたか?って聞かれたけれど…ごめんなさい何も聞いてないです。ってすごく気まずかった」
「でもその借金どうするの?」
新森が言う。
「うん。なんかいろいろ弁護士さん交えて話し合いをするみたい」
本田さんが新森の顔をみながら言った。僕は憑き物が落ちたみたいに楽になり、久しぶりに飲みすぎるぐらいにお酒をあおった。
居酒屋を出た後、僕は本田さんをタクシーで送っていった。
「寄ってく?」
なんだろう、僕は無性に本田さんを必要としたくなった。僕は本田さんの誘いに乗って彼女のマンションに上がった。本田さんがつけている香水のにおい、年上の女性が醸し出す雰囲気、付き合っている彼女のことが一瞬脳裏をよぎったけれど酔いも手伝って理性が飛んでしまった。彼女を裏切ったのは初めてだ。
「でもさ、御沢も死ななくてもね。」
SEXが終わると本田さんは僕の横でそんなことを言った。
「でも言える?そんな話同僚に?」
「そりゃそっか。」
二人の息遣いが落ち着いていく音を聞いていた。
「ねぇ知ってる?御沢が新森くんに振られた話にすり替えて噂ながしたのわたしなの」
「えっ?なんで?」
「わからない?わたし気に入ってたのよ野上くんのこと。だって後々、こういうことになったら、面倒でしょ?会社ってそういう場所だから」
僕は疲れた身体で本田さんを後ろから抱きしめた。
「ねぇ、もし変なうわさが出たら、わたしの事守ってね」
そして彼女の長い髪の毛に顔を埋めた。
ーおわりー
この物語はフィクションです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?