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30年前に自分で書いた論文に学ぶ

阪神淡路大震災から30年。30年前、私は大学4年生で、卒業論文を書いていた。思えば、30年前から「市民によるまちづくり」という研究テーマは、今も変わっていない。論文を読み直してみると、いろいろ今にも通じることがあったので、少し記録しておきます。

市民によるまちづくりのネットワーキングに関する研究

研究の背景と目的の書き出しを見ると、当時は「まちづくり」が行政のものであることがデフォルトであったことが伺える。まちづくりは「参加」するものであり、市民が自ら行うという感覚がまだ薄かったのかなと。ま、学生だからね。

近年、市民参加のまちづくりが全国的に叫ばれ、今や「まちづくり」は行政だけでなく市民の生活圏(ソフト)からも働きかけるべき問題である。市民がまちづくりに参加するためのしなやかなシステムづくりが必要だといえる。

市民によるまちづくりのネットワーキングに関する研究(1995,森山奈美)

市民が主体的におこなう「まちづくり」に向けては、市民団体がネットワーキングしていくことが有効なのではないかと考えて、鶴見川流域ネットワーキングをケーススタディとして研究をしていた。

市民がより主体的にまちづくりに参加していくために、市民団体がネットワーキングで連携していけばどうか。
本論文は、市民団体相互の関係を調査することによって市民団体のネットワーキングを事例を通して検証し、まちづくりへの市民参加の方法論としてのネットワーキングの有効性を明らかにすることを目的とする。なお本論文では、ネットワーキングを「各ユニット(個人または団体)が主体性を保ちながらそれぞれの違いを認め合い、自主的に参加して連携する過程とその背後にあるコンセプトを指すもの」と定義する。

市民によるまちづくりのネットワーキングに関する研究(1995,森山奈美)

研究では、鶴見川流域ネットワーキング(TRN)でつながる団体の交流関係を調べて、「自然研究タイプ」「歩け歩けタイプ」など6つのタイプに類型化し、所属団体の交流関係図を描いている。
さらに、ネットワーキングの利点として、次の4つを挙げている。あまりに、いまやっていることと同じすぎてビビる。

情報の共有

各団体がネットワーキングに望むものとして最も一般的なのは情報の収集・発信と交換である。

人材の共有

ネットワーキング内で互いに触発されて、活動の内容が深まるケースはよくあるが、その際、他団体にいる専門家からの協力が得やすい。お互いの専門分野を補い合って、より総合的な視野での活動が可能となる。(中略)人材バンク的な機能を持つこともでき、組織に縛られることなく数の力を手に入れることもできる。

活動の合理化

情報の共有をもとに、同じような目的を持つ団体が共同で一つの活動を行うことによって、活動の重複を避け、効率的にすることができる。たとえば、TRN内の自然系の団体がそれぞれの担当流域で行った水質調査や生物調査も、ネットワーキングによって全域的なデータが期待できる。

社会的アピール

ネットワークが内容的にも規模的にも成長し、実績ができると、社会的な地位も確立され、行政もその存在を無視できなくなる。鶴見川に関する事業についてはTRNの意見が計画段階から求められるようになった。行政とのパートナーシップの形成も着実で、やはりネットワーキングによるアピール力は絶大である。

能登の復興も市民の手で

論文では、ネットワーキング発展の可能性として「新たな団体の誕生」や「さらに広域へ」という言葉で、今でいうところの「エコシステム」のあり方についても言及していた。研究のまとめのところは、こんな感じ。

流域でのそれぞれの活動内容は「川」としてのテーマ性は必ずしも強いとはいえないが、川の流れに沿って交流が行われることによって、かつて文化が海から入って川伝いに広まったように、流域文化が形成される。それには永井時間がかかるだろうが、ネットワーキングによってより多くの人々を活動に引き込むことで実現されるだろう。市民によるまちづくり活動が盛んになったとはいえ、その人口はまだ少数である。
市民団体の中にはその専門化を急ぐあまりに排他的になってしまうものもあるが、これからは参加型ネットワーキングのような締め付けのない様々な活動レベルの団体が集まり、小さな目標ごとに活動していくしなやかなシステムを整えれば初心者も参加しやすく、より多くの市民がまちづくりを自分の問題として考えるきっかけとなると思われる。このまちづくりのシステムが全国的に広まれば、未だわが国が体験したことのない市民社会の形成も夢ではない。ネットワーキングによって自分たちのまちを自分たちの手でつくっていく活動が全国に広まっていくことを期待する。

市民によるまちづくりのネットワーキングに関する研究(1995,森山奈美)

いや~、逆に、そこまで30年前に分かってたのに、なんでまだ、こんな感じなの?と思うくらい。そして、30年後には「能登復興ネットワーク」をやっているとか、人生はおもしろい。

あとがきで初心にかえる

あとがきを見ると、研究の過程で、TRNの様々な団体の活動にメンバーとして参加しながら、ヒアリング調査をして、可愛がられていたことが書かれていました。「市民によるまちづくり」とは、高校生のときから温めていたテーマのようです。

「市民によるまちづくりの方法論」は入学時、いや高校生の頃から常に私が心に留めてきたテーマでした。私の実家のある石川県七尾市で「市民港町フォーラム」が開かれたとき、パネラーの長谷川逸子先生(建築家)が口にされた「市民参加の方法論」という言葉が妙に心に残ったことがきっかけです。卒業研究でこのずっと温めてきたテーマをもとに研究することができてとても嬉しく思っています。
 幸い、私が大学4年間を過ごすのに選んだ横浜というところは非常に市民による自主的なまちづくりの進んだ街で、卒論の調査を通じて自分自身もまちづくり活動に参加する場を与えられました。活動を通して感じたことは、論文で団体同士のネットワーキングを書こうとしても、結局は人間一人一人のつながりがネットワーキングなんだなぁ、ということです。

市民によるまちづくりのネットワーキングに関する研究(1995,森山奈美)

そして、あとがきには「阪神淡路大震災」についても言及されています。

人と人とが集まってまちが生まれるのですから、まちづくりも人と人とが集まって始まります。コミュニティを保ちながら、地域内またはテーマごとにネットワークしていけば、やれることはぐんと広がるのではないでしょうか。
 ちょうど論文執筆中に阪神大震災が起こりました。今後、建築や都市計画の業界で様々な視点から研究されることになるでしょうが、私はあの報道を見ていて神戸のまちの発達したコミュニティに、ある種の感動さえ覚えました。地震発生直後から隣近所で助け合っての救助がなされ、避難所ではすぐに自治会のようなつながりができました。このさき、被災地では本格的な復興が進むでしょうが、人々のネットワークの力でまちづくりを進めて以前よりも魅力あるまちになることを祈ります。
 わたしは卒業後、故郷へ戻り都市計画のコンサルタントに就職しますが、専門家としてと同時に、市民として、夢だった故郷のまちづくりに取り組んでいきたいと決意を新たにします。

市民によるまちづくりのネットワーキングに関する研究「あとがき」(1995,森山奈美)

30年後、市民としてのまちづくりの「しなやかなシステム」の一環として、コミュニティ財団を立ち上げることになるなんて、当時のわたしは知る由もないわけですが、「市民によるまちづくり」という一つのテーマを探求してきて、理想と現実のギャップは、ますます明らかに。でも、やることは明確です。人々のつながりをつくり、関係性をつくること。それぞれの理想に向けて動けるように手助けをしていくこと。30年前の自分で書いた論文に励まされました。大丈夫、間違ってないよ。

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