森山奈美

石川県七尾市で民間まちづくり会社を経営しています。ゴスペルを歌っています。学生たちが集まるインターンハウスというシェアハウスに住んでいます。

森山奈美

石川県七尾市で民間まちづくり会社を経営しています。ゴスペルを歌っています。学生たちが集まるインターンハウスというシェアハウスに住んでいます。

マガジン

  • 七尾教会主日礼拝説教

    日本キリスト教団七尾教会主日礼拝の礼拝説教の即時文字起こしです。個人的に公開しているものなので、文責は教会ではなく、森山奈美です。引用のところは、本文を書き写さずに章と節だけを記録していますので、聖書か聖書アプリをお手元に置いてお読みください。

  • ローカルキャリアの話

  • ローマの信徒への手紙 連続講解説教

    日本基督教団七尾教会で2017.8.13~取り次がれたローマの信徒への手紙からの御言葉です。説教の同時書き起こしです。

  • ルカによる福音書連続講解説教

    日本キリスト教団七尾教会で2011年10月16日~2014年にかけて取り次がれた「ルカによる福音書」の連続講解説教です。説教は釜土達雄牧師。説教を聞きながら書き取っているので、文責は森山奈美です。引用部分は章と節だけを記しておりますので、聖書か聖書アプリをお手元に。

  • 小さな世界都市Nanaoへ ~民間まちづくり会社の挑戦~

    設立20年を迎える石川県七尾市の民間まちづくり会社「株式会社御祓川」の設立前の裏話や設立後のピンチを含めて赤裸々に。現社長の森山奈美がまちづくりに興味を持ったところから、民間まちづくり会社をつくり、もがいてきた変遷を地元の子どもたちに語るという想定で、つづっていきます。

最近の記事

能登の復興をバベルの塔にしないために

はじめに 2024年9月21日から22日の能登豪雨で、能登は大きな打撃を受けました。1月1日の能登半島地震から復興しようとしていた途上での水害。能登のあちこちから「心が折れた」「神も仏もあるものか」という声が聞こえてきます。災害支援は、緊急期、応急期、復旧期、復興期と移行していくと習いましたが、ようやく復興への取り組みをはじめたところで、その取り組みをやりながらも、緊急期の仕事が入り、その無力感にさいなまれております。 キリスト者の特徴 私自身は、高校1年生のときに元素

    • 能登半島地震の5時間前に聞いた御言葉

      はじめに 長い間、主日礼拝の書きおこしをnoteに投稿することをサボっていました。けれど、今年の元旦礼拝で聞いたこのみ言葉をいま読むと、本当に主は共におられるなぁ、と思ったのでこのタイミングですが、投稿します。 御顔こそ、わたしの救い(詩編42、43編)昨日の主日礼拝のあと、逡巡をした。祈りの中で詩編42編、43編にたどりつき、御言葉を取り次ぐことにした。この鹿は、緑豊かな川のもとで、水を求めていった鹿ではない。枯れた谷に、とある。これが、書き出しである。枯れた谷に水はな

      • 東京五輪開会式:小林賢太郎さんの解任は、釈然としない

        小林賢太郎さんのファンです。ファン歴は20年くらいですが、ラーメンズ、KKP、ポツネン、すべての作品はチケットを購入して交通費を使って劇場に観に行きます。数年前からは、映像クリエイターのつながりで石川県でも公演が行われるようになったことが、本当に喜ばしい事でした。(毎回のアンケートに、金沢公演を!と書き続けてきたので)DVDや戯曲集なども発売されているものは全巻揃え、手提げやノートなどのグッズも愛用しています。なので、ちょっと(いや、かなり)偏った意見であるとは思いますので、

        • 律法の役割(ローマの信徒への手紙7章7節~14節)

          今日の聖書の箇所は、律法と私たちの関係を明らかにする箇所である。律法によらなければ、私たちは罪を知らなかった。神様ご自身がイスラエルに与えられた律法。その最たるものは十戒である。出エジプト記の20章には、十戒がある。これが憲法にあたるもので、そのあとに基本法にあたる、22節以下に英々と出てくる。私たちが聞くべき、神の戒めであった。 出エジプト記 20:1~17 これがまさに十戒であった。 出エジプト記 20:18~21 そして、契約の書が続いていく。神様は、イスラエル

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        • 七尾教会主日礼拝説教
          26本
        • ローカルキャリアの話
          0本
        • ローマの信徒への手紙 連続講解説教
          9本
        • ルカによる福音書連続講解説教
          14本
        • 小さな世界都市Nanaoへ ~民間まちづくり会社の挑戦~
          3本
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        記事

          いかに多くの罪があっても(ローマの信徒への手紙5:15~21)

          何度も繰り返しているが、これはパウロが今から2000年前に、ローマにいる信徒にまだ会っていない人たちに向かって書いた自己紹介の手紙である。ローマの信徒というのは、ユダヤ人のことであり、旧約聖書の律法に厳格に生きていた人たちである。幼い時から旧約聖書にしたしみ、暗記し、毎週の信仰生活を厳格に守り、律法を忠実に守り続けてきた人たちに、同じように歩んできたパウロが、キリストに出会い、キリスト者となったパウロが書いている。  わたしたちは、旧約聖書の律法に忠実に生きる人生を送っている

          いかに多くの罪があっても(ローマの信徒への手紙5:15~21)

          天からの神の怒り(ローマの信徒への手紙1:18~23)

           パウロはローマに行く前に手紙を書いた。イエスの十字架と復活についてすでに聞いていると思うが、わたしは福音を恥としない。その福音は、信じるものすべてに救いをもたらす神の力だ、と書いた。その解説、論述が今日からはじまる。 神が全能を発揮することなく、愛する神の子、イエスを見捨てられたのが十字架である。クリスマスの日に生まれ、多くの奇跡をなし、この方こそ救い主だとされた方が、見捨てられていく。これが、パウロがのべつたえている福音そのものである。墓に入れられたイエスが3日目に復活

          天からの神の怒り(ローマの信徒への手紙1:18~23)

          救いをもたらす神の力(ローマの信徒への手紙1:16~17)

           今日から、ローマの信徒への手紙の本論である。これまで、1章1~7節について、何度も御言葉に耳を傾けてきた。ほとんどが、1節と7節に集中して基本を抑えてきた。今日から本論であり、伝えたいことの結論である。その解説が18節以下に入る。だから、ローマの信徒への手紙には何が書いてあるかと聞かれたかと言われれば、1章16節を示せば良い。17節は、それを補完するものである。 福音はユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だ、と語りたかったのである。だから

          救いをもたらす神の力(ローマの信徒への手紙1:16~17)

          あなたがたを覚えて祈っている(ローマの信徒への手紙1:8~15)

           1章1~7節について、何度も御言葉に耳を傾けてきた。ほとんどが、1節と7節に集中して基本を抑えてきた。そして、今日のローマ訪問の願いの箇所に入る。ローマにいるキリスト者に向けて書いていると思ったら、この言葉がわからないだろう。「ローマにいるあなたがたにも福音を告げ知らせたい」と。使徒言行録の19章にエフェソでの騒動について記されている。 使徒言行録19:21~22  パウロはこのようにして、ローマに行くことを願い、実際にこのときにローマの信徒への手紙を書いている。その後

          あなたがたを覚えて祈っている(ローマの信徒への手紙1:8~15)

          イエスの時(ルカによる福音書22:47~53)

           今朝は、この七尾教会が属している北陸連合長老会の交換講壇である。わたしは、高岡教会の牧師の風間である。ハイデルベルク信仰問答の問い37~39にもとづいて説教をしている。余談だが、七尾とはたいへん関係が深い。学生時代に東京神学大学のとき、夏期伝道実習で1ヶ月ここに滞在した。東神大を卒業して、岡山に赴任したが、その後高岡教会に赴任した。先日の入札にも理事として立ち会った。神様からの機会を与えられている教会に遣わされて、今朝は嬉しく思っている。  使徒信条の言葉、一言一言がある

          イエスの時(ルカによる福音書22:47~53)

          歴史を通して語られる神(使徒言行録13:13~25)

          知識として持っておきたい。使徒言行録13:14から、礼拝についてみておく。私たちは、毎週のように、このように七尾教会で礼拝を守っている。日曜日に礼拝を守っている。そういうものだろう、ということを思っているかもしれない。ほかの教会の礼拝に出たことのある人は、教会ごとに特徴や違いがある。使っている讃美歌や聖書でも、説教者でも。この先生と交わりながら御言葉を聞いていくとよく分かるというタイプの先生もいる。短いフレーズで取次ぎをする大久保先生、わかりやすい。その前の山倉先生は、最初か

          歴史を通して語られる神(使徒言行録13:13~25)

          選び出され、召されて(ローマの信徒への手紙1:1~7)

           ローマの信徒への手紙の最初の挨拶の部分の3回目である。先週は、神の福音というところに光をあてて、耳を傾けた。聖書の本質を知るために、どうしても知っておくべき「神の福音」について、まとめて聞いた。ローマの人々に書いた手紙のなかで、パウロは自分のことを「キリスト・イエスの僕」であり、「選び出され、召されて」使徒となったと書いている。選び出され、というのは、自分の願いではなかったということである。召されてというのも、自分の願いではなく神から召されて使徒となったというのである。何の

          選び出され、召されて(ローマの信徒への手紙1:1~7)

          まちのために頑張る人が嫌われる?

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          七尾マリンシティ構想から食祭市場へ

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          わたしがまちづくりに興味を持ったわけ

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          神の福音のために(ローマの信徒への手紙1:1~7)

           先週からローマの信徒への手紙に耳を傾けている。最初にあいさつがある。あいさつは、単純で、1節から7節に飛んで「キリスト・イエスのイエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから、神に愛され、召されて聖なるものとなったローマの人たち一同へ。わたしたちの父である神と主イエス・キリストから恵みと平和が、あなたがたにあるように」である。 この神の福音について、パウロが解説を始める。2節以下である。 ローマ1:2~7 この福音は、預言者を通して約束されたも

          神の福音のために(ローマの信徒への手紙1:1~7)

          キリスト・イエスの僕(ローマの信徒への手紙1:1~7)

           約2年間、耳を傾けてきた使徒言行録が先週で終わり、今週からはローマの信徒への手紙である。この最初となる1章1節~は、重要な箇所であるため、数回にわたってここから御言葉に耳を傾ける。  聖書は一人の人物が書いた書物ではない。編纂されたものである。聖書の最初の記述は、紀元前8000年頃が一番古い。紀元後約200年までの約8200年分がこの聖書のなかに収められている。旧約聖書39巻ある。新約聖書には27巻ある。さんくにじゅうしち、と覚える。その中で、一番多くの部分を書いているの

          キリスト・イエスの僕(ローマの信徒への手紙1:1~7)