ミンさんと境線
汽車に乗って妖怪の国、境港に行きたい場合は、米子駅のホームの奥まったところにある0番線に行かなければならない。
これがたまらなく好き。
駅の中にあるにも関わらず0番線だけなんか「ホームのはずれ」にあるし、なんかちょっと暗い。
昨今の水木しげるロードブーム(?)に乗じて0番線(れい番線)というネーミングにしたわけではなく、物心ついた時からずっと境線は0番線なのだ。鬼太郎列車が走ろうが走らまいが関係なく。
そんな境線を逆に境港駅から米子駅へ向かっていたある日、ミンさんに出会った。
米子空港駅で乗り込んだ人が、ドア付近で何やら困っている様子だな、とは思っていた。でも大人だし、周りに慣れた高校生もいるし、大丈夫だろうと思っていたのだけど、なんだか長引いている様子。聞き耳を立ててみたら、そのおじさんは汽車の入り口にある整理券の機械に切符を入れなければいけないのかどうかを聞いているのだが、高校生は何を聞かれているのかわからないのだった。私はその時初めて入り口に整理券の機械があることに気づいた。あと、おじさんが話しているのが日本語でないのがわかった。
なんでそんなところに整理券の機械があるんだろう。そういえば汽車内に「ワンマン」て書いてある気がする。でも私たち整理券を取ったりしないし、入れたりもしない。境線(に関わらず、鳥取)の汽車の乗り方は、素人には難しすぎる。
汽車に乗り込むためには、「開ける」ボタンを押さないといけないし。
駅によってドアが開かない車両があるし。
どちらのホームに汽車が着くのかわからないし。
これは一度本当にわからなくて困った。無人駅で駅員さんも乗客も誰もいなくて誰にも聞けない。高架の真ん中で汽車の来るのを待ち構えて線路の岐路で汽車が一方の線路に入ったのを見て階段を駆け下り、なんとか乗り込んだ。
後日他の有人駅の駅員さんに、時刻表に到着ホームが書いてあるんだと教えてもらった。
そんな境線に海外から一人乗り込んできた勇敢なるおじさん。
私はなんだか申し訳なさと、あなたは悪くないんだよという気持ちでいっぱいだった。
なのでたまたま近くに座ったおじさんに「あの機械は気にしないで。その切符を持っているだけで大丈夫だから。」と言ったのかどうか。私の英語力でそんなことが伝えられたのかどうかわからないけれども。
その時のおじさんの安心した顔。
名前はミンさんということ。韓国から旅行で来たこと。温泉が好きで、毎年日本の温泉に入りに来ていること。いつもは家族と一緒なのだが、今年は家族の予定がつかなくて一人で来たこと。今回は三朝温泉に泊まること。昨年訪れた温泉で三朝温泉の評判を聞いたこと。
そして、助けてくれてありがとう。あなたは私のエンジェルだ、と言った。
そんなことで私をエンジェルだと言ってくれるミンさんの方が天使だ。
それから米子駅で一緒に乗り換えをして、倉吉駅で別れるまで、いろんな話をした。奥さんが日本の「柿ピー」が大好きなのだけど、韓国には売っていないのでお土産に買って帰ること。ミンさんの推しは「瞑想」。瞑想することがどんなにいいか、熱く語っていた。その頃の私は瞑想というものに全く関心はなかったから、ふーん、と聞いていた。
後から考えるとその日その時間辺りから大雪が積もりはじめていて、到着するのにいつもよりずっと時間がかかった。私たちが乗った汽車の後の便は欠航になっていた。
最近、韓国の話題を耳にする度にミンさんのことを思い出す。
今年の冬も日本のどこかで温泉を楽しんでいてほしい。
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