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Photo by
nemuineko_note
無線
斜陽を吸い込んだ早苗田がこの村を覆う山々と
ほんのり火照った空と君を映し出す
純白のワンピースに麦わら帽子、
そして耳にはゴツくて黒いBluetoothイヤホン
を装着している。
右耳にバッファローオオクワガタ、左耳にはアトラスオオカブトを差し込んでいるのではないか?
そう錯覚してしまうほど
とてもゴツくて黒いBluetoothイヤホンだ。
僕の肌は連日の虫取りと川遊びで
こんがりと真っ黒に焼けている。
それに対して君の肌はとても白い。
その透き通る程の白さが
イヤホンの黒さを一層際立たてている。
僕の肌なんて君のイヤホンに比べたら真っ白だ。
今日は君のイヤホンが黒いせいか
いつもより世界が明るく見えた。
もう君に対しての印象は
突如目の前に現れた天使の様な少女では無く
ゴツくて黒いBluetoothイヤホンの奴だ。
というかあんな子この村にいたかな?
何年生かな?
転校生かな?
どこから来たのかな?
質問したいことは沢山あるが、その全てが
どうでも良くなるほどイヤホンがゴツくて黒い。
もし明日君が転校生としてうちのクラスに
来ても僕は君のことを覚えてないだろう。
だってきっとその時には
ゴツくて黒いイヤホンを着けていないから。
沈み出した陽。
揺らぐ木々。
夜へ向かう雲。
いつも通りの村。
そしてゴツくて黒いBluetoothイヤホン。
この光景は生涯忘れないだろう。
僕はこの光景で一句読むことにした。
「こんなにも デカくて黒い こんなにも」
君はおもむろにカバンから
一人暮らし用の炊飯器ほどの大きさのドクロの
装飾が施されたメタリックなケースを取り出し、
ゴツくて黒いBluetoothイヤホンをしまった。
僕は走り出した。
ただ夜が待ち遠しくて。