新型コロナで会社が潰れかけたので転職したらまんがタイムきららのお姉さんキャラになっていた話 第8話
それってワーケーション?
諸君、また間が空いてしまった。
きらら先輩である。
我が総務部はなんとか決算も新入社員研修も乗り切り、平和な日常に復帰した。
平和とはすなわちヒマということでもある。私は毎日せっせと定時で帰ってアニメの消化とゲームに勤しんでいる。ちなみに今期の私のイチオシは「パリピ孔明」です。
「パリピ孔明」めっちゃ笑えますよね。思わず一緒に踊りたくなるよ。
孔明ってどういうキャラか、全然知らないんだけど。あ、一応検索はしましたよ。検索はしたんだけど、いっぱい出てきすぎて怖くなってそっ閉じしたわ。とにかく有名なキャラだということは理解した。それ以上のことは、おいおい。
そんな感じで平和なオタク生活を楽しんでいたきらら先輩なのだが、平和な日々は長くは続かなかった。
長くはっていうか、今5月22日ですよね。したら3週間も続かなかったんじゃん!
ことの発端は水曜日である。
猫課長が私とくみちゃんを別室に呼んだのである。
直属の上司に別室に呼ばれるって緊張しませんか? するよね? くみちゃんなんかもう泣く準備出来てますってくらいのオーラでガチガチで。
だが、きらら先輩は緊張しなかった。何でなんだろうなー。修羅場を潜り過ぎたということなのかもしれない。決算もなんとかしたし、新入社員の研修もまあ形の上では破綻無くやったし。怒られることはしてないはずだし、また無理難題が降ってくるにしても、適当にやり過ごせば良いやと。一番大変なのはくみちゃんのフリーズを解除することかもしれないなー、とかね。
そんなことを考えながらも小会議室に入って、猫課長に勧められてとりあえず椅子に座ったわけだ。
その頃にはきらら先輩はなんとなく気づいていた。
これは良いとも悪いとも言い難い、私の予想を遥かに越えた何かがやってきたのではないか。私の解釈のものさしでは測定出来ない猫課長の表情から考えて、その可能性は大きい。
そして、はい、きらら先輩の予感は当たっていた。
猫課長が額のあたりだけに困ったような表情を浮かべながら私たちに差し出したのは、とあるダサいデザインのリーフレットであった。
「これなんだけど……」
「保養所ですか?」
弊社は世間的には全く無名のダサい名前とダサいウェブサイトのB2B中小企業なのだが、利益率がめちゃくちゃ良い商売をしているので密かにカネがいっぱいある。そのカネで保養所なんかも建てちゃってるのだ。私の前職の会社もおしゃれな保養所はあるにはあったが、なにしろ社員の数が5桁だから、予約なんか取れないのが当たり前だったのだ。畜生め。
その保養所、コロナが始まった2020年の3月からずっと閉めていて、パートさんでまかなっていた調理場や客室のスタッフも全て退職済みなのですよ。そりゃそうですよね。シフト入れないんだから。
だがしかーし!
コロナ対策のオペレーションも観光業界で確立されてきたということで、そろそろ保養所開けるようにというお達しが下りてきたのが4月。パートさんを集めてねときらら先輩が頼まれたのが4月の20日頃。それからせっせせっせとパートさんの求人を出しまくったのだが、これがもうさっぱり! さーーっぱり! 応募が無いのだよ。何で? ねえ何で? と思って調べてみたら、どうやら観光業界が全面的クローズをしていたこの2年ほどの間に、他の業界や他の土地に人が移ってしまって、残った人たちが壮絶なる奪い合いになっているらしいのだ。
弊社が求人広告に出している時給、ぶっちゃけると東京都心のパート・アルバイトの時給と同じか、なんならちょっと多いくらいなんですよ。それでも集まらない! えらいこっちゃですよ。みんな、この夏は観光地の短期バイトで稼げ!
……すまん。ちょっと熱くなった。
そういうシチュエーションが日々刻々と明らかになってきた中で、しかし弊社の黒幕、大御所、お屋形さま、老害ジジイなどの符牒で呼ばれている最高権力者からは「7月15日から開けるように」との厳命が下っており、猫課長の顔に焦りの色が濃くなってゆくのは気づいていたが。
なんであろうか? 保養所再開中止とかかな? そんなことで別室にご招待も無いだろうけど。
で、猫課長。
「あのさ、保養所の人手がどうしても足りなかったらなんだけど、しばらく総務課から人を出して現地で手伝えないかって話になっててね」
は?
どゆこと?
私はくみちゃんを見た。
フリーズしていた。だがこれはどうやったら解凍できるのか。
「……あの、ええっと、私たちが保養所に行って、調理補助とかルームメイクをやるってことでしょうか? 他の業務は……?」
「ワーケーションってことで、どうかなあ」
ワーケーション。
あれは保養地に滞在しながらリモートで仕事をするというやつのことでは?
保養地に滞在して調理補助やルームメイクをやるのをワーケーションと呼ぶのだろうか?
あとでソラちゃんに聞いてみるか。
「出張手当も出るから」
「えっ? 本当ですか」
「本当本当。そこは確認したからね。まかないも出るよ」
「それならまあ……前向きに考えてみます」
「ありがたい! 助かるよ~」
この時のきらら先輩は、顔がニヤついていないか、それだけが心配だった。
弊社出張手当、1日2000円。てことは1ヶ月で6万円。まかない付きなら食費もかからないから、ちょっとしたボーナスではないか。どうせ彼氏も彼女もいないしさ。ネット回線さえ来てればネトフリもアマプラも見れるしゲームもできるし、リゾート地で非日常を満喫しながらひと夏を過ごす。良いじゃないですか。アリですね。
というわけで、なあんだ悪い話じゃなかったと思いながら小会議室を出たきらら先輩に、くみちゃんが小声で囁いた。
「きらら先輩、料理って出来ますか?」
「え? 料理? まあ、なんとか……」
思わず大盛りに盛ってしまった。
実はきらら先輩は転職してくるまで実家暮らしだったので、料理などしたことが無かったのだよ。でも転職して半年。困ったら天ケ谷リクにメッセージで聞くというやり方でかなり料理スキルは上がったはず! 半年前には何でもかんでも強火で調理して片っ端から焦がすという失敗を繰り返していたのはここだけの秘密やで。
「私、料理って全然したことなくて。野菜を最後に買ったのって去年の秋なんですよ」
だからいつも夕食も社食で食べるくみちゃんだったのか。
「私はこないだはナスの醤油炒めつくったよ」
動画見ただけでは色々とよくわからなくて、結局は天ケ谷リクに教わったんだけどな。
「すごーい」
しまった。またやってしまった。何故、私はくみちゃんの前ではこうやって自分を大きく見せようとしてしまうのか。
「保養所に行くことになったら、料理色々教えてくださいね!」
くみちゃんの瞳がキラキラである。
こうなると退くに退けない。だが、くみちゃんの前で天ケ谷リクに片っ端から質問して料理を作る姿を見せるわけにもいかぬ。
またしても墓穴を掘ってしまったきらら先輩なのでした。
本当にワーケーション()行くんやろか。