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Midnight lullaby お便り供養

(流石に送るべきじゃないと思った為)

*注意!!!この記事は誰が読んでも胸糞悪い、ご不快な点が9割で構成されております。そして悲しいことに全て事実です。



NameLess な私について


こんばんは、薫さん。ラジオにお便りを送るのは初めてで緊張しております。
どうしようもない悩みを聞いて下さい。
私の親は、いわゆる『毒親』『ヒス親』にあたり、保育園、小学校1年の夏休み前、中学2年の冬、高校3年の大学受験前に、

『お前何て生まれてこなければよかった!』

とハンガーや手鏡で血縁上の母親にボコボコに殴られ、赤ん坊の私を部屋に数時間放置し、私(0歳)がタバコの箱を一箱丸吞みしたという事件を笑って話し(一応全て吐き出したらしい)、私が中学1年後期~高校3年冬まで近所の3人の子供がいる旦那と不倫し養育費を全てデート代やブランド品につぎ込む、インフルエンザになっても看病もなく、片道4㎞の病院へ一人で歩かされ(なんなら幼稚園の時、職場に連れてかれ、会社の廊下に放置された。⇦余りにも酷いのでおばあちゃんが迎えと看病をしてくれた。)、学校への連絡も家の電話から自分で行い、基本家事も育児もせず、気分によって食事が用意されない生活をしておりました。食事に関しては最大春休み期間中の約1か月用意されず、冷蔵庫のものを勝手に調理して食べては食料を隠され、包丁等の調理器具を隠され、現代日本において『餓死』という恐怖を経験しました。隠されていた食料を探し出したり、食料の仕舞われた部屋の鍵をピンセットや変形させたクリップでピッキング等々し何とか食い繋いでおりました。(見かねた友人が奢ってくれたこともあった。有難かった)
学校給食が生命線だった私は、他のクラスメイトの誰よりもよく食べており、教員から親に『家でちゃんと食べさせていますか?』と問い合わせがあり、その後殴られましたがそれでも誰よりも食べました。


尚、私の家は二人の子供がおり、『異父兄弟』です。私の血縁上の父親は顔も名前も知りません。


そして、書類上の父親は小学校へ入学する際に母親と再婚し、即下の子が生まれました。(おそらくデキ婚)義父は、いわゆる職人で、義父の父親(自殺済)の会社を継ぎ、再婚して半年で潰し、自己破産しました。その後、昔の伝手を辿って再就職しますが、変にプライドが高く、ヘルメット着用とはいえ部下や新人をハンマーで殴り、それを自慢げに子供に語ったり(後にクビになり再就職するも同じことをして追い出されるの繰り返しで転校3回震災にて避難による転校1回)、私が助手席で居眠りをしたという理由(義父曰く、助手席に座るやつは運転手の補佐をしなくてはならない)で山に置いてかれ、小学校1年生の当時、家族四人で雑魚寝だったウチは、赤ん坊の末っ子は夜泣きし、眠れない私を敷布団ごと持ち上げ二階から投げ捨てようとし、食事中謎に切れた義父は私の髪を掴み、燃え盛るストーブの前に持っていき『顔から焼こう』としたり、お前らが学校に通っている金は元々俺が稼いだもんだからお前らが学校に通えるかの権利は俺が握っていると脅す、切れた時、賃貸だけど「俺が金払っているから俺の所有物だ!」と破壊を厭わない、下の子のスマートフォンを(購入3日目)真っ二つに破壊する………というドキュンでした。

そんな状態なので、私に『お小遣い』や『人権』といったものは無く、お年玉も学習保険もおばあちゃんが貯めててくれた養育費も全て勝手に使われ、更には追加でおばあちゃんに請求し、コロナ時の助成金等も家族分全て血縁上の母親の懐に行き散財された為、
『高校・大学の授業料は自分で払いました』
本当は高校受験の時から家を出たかったのですが、認められず助けもなく実家暮らしでした。しかし、大学にて遂に家を出て念願の一人暮らしをはじめました。生活費も授業料も全て自分で賄う必要がある上、一切の支援も無く、奨学金では、『親に支払能力が認められる』という理由で利子のつく第二種貸与奨学金しか借りれませんでしたが、(⇦これ法律に問題あると思う)それでも家を出たかったです。
そして、大学にて勉強を頑張っていたある日、


『下の子を学校に通わせる金が無いから奨学金を私(母親)に管理させろ、言うことが聞けないなら今まで育ててやった分の金を今すぐ返せ!!!働け!!!』
という脅しが毎晩lineと電話が毎日届きました。流行りの電気自動車に乗りはじめたり、家が通販段ボールだらけになっているのにです。(しかも深夜0時を過ぎてから&lineの送信取り消し後『もういいです、知りません』の一文)


そうして、バイトと学業と精神的ストレスや睡眠不足の重なった私は、過労で病院に運ばれ、後期分の学費が払えない状態でした。その後、大学教授や友達、恋人、弁護士、医師、法律事務所、家庭裁判所、ウチの惨状と被害により家を離れていたおばあちゃんに手を貸してもらい、どうにか大学に通えるようになりました。(給付奨学金の申請、毎月の支援、名義人等、避難場所、食事)

しかし、それでもまだ邪魔をしてくるのが奴らです。
一人暮らし中の家に突撃し、毎週末ドアガチャと(賃貸のドアに)蹴りをいれ(酷すぎて警察沙汰になったし、インターホン破壊)、この家に住めないようにしてやるという脅迫状、保険証を送らない(学生は被保険者の扶養扱いの為)、賃貸契約やWi-Fiを勝手に解約等の妨害をしかけてきました。(支払いは私の講座だったが名義だけ親だった。)


それでも、何度も殺されると思いながらも諦めず、おばあちゃん。役員や不動産、医師、弁護士、教授、友達、恋人等に事情を説明し、助けを借りつつ今、生きています。
『よく頑張った…君はサバイバーだ。
今ここで生きてて良いんだよ…生まれて来てくれてありがとう。』

…という凄くありがたい言葉で今日を生きて、望まれ無かった私の、
やっと始まった『私の人生』『人』として楽しんでいます。


最近はコーヒーを淹れること…や動画投稿、謎解き、融解班といった趣味も出来、本音を話せる友達も増えてきました。
今回のラジオもスマートフォンのWi-Fiデザリングからではありますが、
楽しく聴かせて頂きたい…と思っています。
長くなってしまいましたが、
私の人生は地獄の様な日常から
『色』が生きる絵画の様に動き出したばかりです。

やっと『小学校1年生』位のトキメキを表現出来る様になった私ですが(笑)
これからもっと成長出来る未来を奪い取っていきます!
これを見つけたくれた貴方にも…最大限の祝福を✨

    

                      By Name Less Cafe

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