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キリンジ『来たるべき旅立ちを前に』馬の骨『最低速度を守れ!』

来たるべき旅立ちを前に

 首をぐわっと横に振って冷めたピザを食いちぎり、残った厚い耳は半分に折り曲げて、咀嚼中の口蓋に押し込む。この曲を聞いていると、冷めたピザを食べるの時のマナーとはこうだろう? と思う。 俺はそうやって冷めたピザを食べる。デリバリーした豪華なクウォーターの食いきれなった分が翌日の朝食に回り、あえてチンせず冷たいままで固くなったチーズと耳を、急きたてられているかのように頬張る。

青い影 すこし先を急ぐ 明るい夜の町 遅れた僕さ やけに続く赤
信号機を蹴っ飛ばせ 素敵な友達 パーティーが僕を待つのさ

キリンジ『来たるべき旅立ちを前に』

 『来たるべき旅立ちを前に』でピザが冷めてるのは「僕」がパーティーに遅れているから。弟の歌詞には赤と青にはじまる信号がよく登場する。やけに続く赤信号の停止を振り切って、青い影を追うように前進する「僕」。

ハロー!ハロー!特別な言葉を並べて Oh, so special words, so special words. 祝おうぜ さぁ 僕らの明日とこの夜を 冷めたピザを頬張り

同上

「特別な言葉」=「So special words」を並べで祝う姿。そして「決め台詞が飛び交う」。

 ダンボールが堆く積まれた友人の部屋で長話した記憶を思い出す。「来たるべき旅立ちを前に」する最後の日で、普段だったら小っ恥ずかしくて言えないような言葉がたくさん出てきた。そういう日って、本当の気持ちを披瀝出来る特別な日であって、友情や慕情を確かめあう日であって、無際限の肯定を交換するような日であって。この曲はそんな最後の日の感覚を見事に描いている。そんな日に食べるのはピザ、それも冷めたやつなんだよ、これでいい、というか、これでいこう、って頬張り自分を奮い立てる!

閉じた目を見開け!! 寝ぼけた自身を起こせ!! 冷めたピザを頬張れ!!

同上

最低速度を守れ

『来たるべき旅立ちを前に』に似ている馬の骨の『最低速度を守れ!』

スローフードを噛まずに飲み 十字路を跨ぐ
回る世界の 片隅で想うのさ

馬の骨『最低速度を守れ!』

『来たるべきの旅立ちを前に』で頬張るのはファストフードだからよしとしても、スローフードまで噛まずに飲んでファストな食べ方とは!そして回る世界。『来たるべき』でも「窓が回りだす」とあり、回転のイメージが共有されているのは興味深い。が、俺は正直よくわからない。ぐわーっと集中すると、あらゆるもの輪郭が際立って、世界を固定された静的なものとして認知する癖があり、回転の動的な力強さが世界と交わらない。
 回転で思い出すのは千葉雅也の『デッドライン』。平面的な回転の中で進捗と遅滞が交替してゆく小説だと読んだ。(最後の加速は圧巻だった。)もっとも、上の二曲の回転は立体的な回転に思えるから異なる回転のイメージではある。
 回転でいうと、カフカの「コマ」なんかも印象深く、さらに独楽でいえば-----------

赤い炎胸に飾って 長い夜の闇を抜けて
青い炎胸に飾って 強い午後の光抜けて

同上

 『来たるべき』では信号と関連づけて赤を停止、青が前進の象徴だとした。この歌の赤と青はそれと異なり、どちらも前進の糧となっている。赤い炎と青い炎を情熱と冷静だと解釈し、暗澹たる夜を越えるのに助けてくれるのが情熱で、燦爛たる昼を越えるのに助けてくれるのが冷静さで、と考えると俺は腹落ちする。

大言壮語な未来が 地続きで待つ
羽はないんだが 嘆こうともしないのさ

同上

 来たるべき旅立ちに向けた「特別な言葉」=「So special words」=「決め台詞が飛び交う」をちょっとシニカルに言い換えた「大言壮語」。来たるべき旅立ちを前にして口をついて出た自信あふれる特別な言葉も、翌日シラフで向きあうと、ああ、デカいこと言っちまったなあと小っ恥ずかしくなるあの感覚。
 ただ、恥じていても始まらない。そんな大言壮語な未来も地続きで待つのだから、羽がなかろうと最低速度を守って前に進むしかない。 

スローライフは 墓場までとっておけ

同上

スローフードは冷え切っても旨いんだろ

同上

「スローフードを噛まずに飲み 十字路を跨ぐ」→「スローライフは墓場までとっておけ」→「スローフードは冷え切っても旨いんだろ」

 最低速度を守ってなるだけ早く進もうとするファストライフなやつにはファストなフードがよく似合う。「スローフードは冷え切っても旨いんだろ」を裏返せば「ファストフードは冷え切ったら旨くない」わけで、冷めたピザに込められた哀愁が立ち上がるようだ。
 来たるべき旅立ちを前にした日のピザが①火傷する熱さ②食べるのに適した暖かさ③冷めてるのどれからなら、やっぱ②だけは嫌かもな。火傷するか冷めてるかがいい、というか良し悪しじゃなくて、大体そんなもんだ。 

おわり

 二つの曲が似ている、という記事でした。書いている途中KIRINJIのピザvsハンバーガーを改めて聞いていた。この曲おもろすぎるな。勝負の体をとっているけど、完全にピザ側の歌じゃねえかw

ハンバーガーかピザか選べないよ だったら
ハンバーガーもピザも喰いたいだけ喰おう
ハンバーガーかピザ ハンバーガーかピザ
俺ピザだな 俺ピザだな

KIRINJI『Pizza VS Hamburger』

 両者勝利の雰囲気だして結局ピザなんかい!

寿司食べたい 腹一杯 浮気して たまには
ピザ食べたい でもやっぱり寿司食べたい

ORANGE RANGE『SUSHI食べたい feat.ソイソース』

やっぱり寿司なんかい!

 さいごに、あまりにもハンバーガーが可哀想なので弁護する。俺にはマックで必ず注文するメニューがある。それはトマトとレタスが入るタイプのサムライマック。玉ねぎドレッシングの濃厚な甘味と爽やかな酸味が効いたフレッシュな野菜。食べ応え充分の肉厚でジューシーなパテー。ゴマのふられて香り高く高級感のあるバンズ。この三つが三位一体となったバーガー界隈のティキ•タカ。それこそがサムライマック。アンドレス•美味エスタです。

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