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#キキゾメ_インタビューレポート#02

ひとっていいね。
どうも、なむです!

2025年、「聴く」の第一歩!
#キキゾメという企画をやりました!

企画の内容は…

  1. テーマを決めてお話を伺う。

  2. その方の魅力を引き出す。

  3. その魅力を、皆さんにご紹介する。

…といったものです!

テーマは、
「あなたが追いかけているものは、なんですか?」

こちらについて、お話しを伺いまして
インタビュー記事を、掲載します!

二人目の方は、「りこ」さん!
では、いってみましょう!


りこさんのプロフィール

りこさんと知り合ってから、5ヶ月くらいになります。
なにかあったら、過去のナレッジを参照する…
ぼくもつい、やってしまいますね笑

彼女は、自身のあるべき姿を探したうえで、職を移しました。
いまは、マーケティングに携わる仕事をしているみたいです。

一方で、純文学を愛しており、ひとの持つありのままを否定せずにあけっぴろげに論ずる強さを持っています。
思ったことを、スパッと表現できる。いつもハッとさせられます。
(ぼくもたまに使うけど)何人かに、「武田信玄」て呼ばれてます笑

さて、どんなお話になったでしょう?
インタビューの結果をご紹介します!

りこさんが、追いかけているもの

彼女が追いかけているものは...

  • 爪痕を残すための、「わたしならではの力」

  • 自身の周りに在る、あらゆるものの存在意義を、証明すること

「他人と比較するのは、苦でなかった」
「人に影響を与えたり、自分がこう見られること、自分がかっこいい人、大物になることで人に与えたいみたいなのが、どうしてもエネルギーの根源になるから。」

りこさん

事前に得た学びを、僕にも伝えてくれました。
ストレングスファインダー®の「影響力資質」があるなら、比べてなんぼ!
他人と比べてたってことに、躊躇がない。堂々と語っている。
人からどう見えるか?がエネルギーの源泉…。

これを語れるのは、つよい。

「この分野はこの人より詳しい、上司にも負けない」
「たとえば、ライティングのことなら、りこさんに頼めば大丈夫!」
「お客さんには、そう言ってもらえるようになりたい」

りこさん

たとえ上司であっても、巻かれたくない。
鋭いですね…いつもこの切れ味に感服させられる。

りこさんが、存分に「内省」を働かせたからこそ、だと思っている。
ほかの人の作品に触れて、ときに絶望しながらも、表現を研ぎ澄ます。

上司にかみついてるように見える、その言葉。
一見すると、「匹夫の勇」-独りよがりの強がり-にみえるかもしれない。

けど、りこさんの葛藤とかを垣間見ていると、それは自分と向き合ったうえでの、今の答えなのではないかな?と感じている。

なむは、どうなんだろうか?

いろいろお話してく中で、気づきがあったので語ってみた。

「これって何者かを求めている感覚と似ていませんか?」
「実は僕も、何者かでありたいって、考えていました。」

なむの感想

吐露した。
そういえば、その時の心境を、文章で残していたな…

…そうしたら、思わぬ方向に流れが展開していった。

「なむさんは何者かになって、どうするんですか?」
「何をもってして、何者かになったって言えるんですか?」

りこさん

りこさんは、ぼくの原点を掘り出すべく、力を割いた。

正直、戸惑った。
この問い、重たいから見たくないな…
仮に見たとしてもさ、これ、ぼくのための時間にならんかな?
それで、いいのかな?

そんな葛藤が出てきた。どうしようか?

問いに向き合ってみた

迷ったけど、その流れを受け入れることにした。

この企画は、「聴く」から始まっていく流れを、そのまま味わうことに重きを置いた。
発散してもいいし、収束する必要もないと思っていた。
流れに乗ってみようかな?
そう思って、彼女の出す問いに、向き合った。

結果、今回もそう。ぼくの心にしっかり刻み込まれる質問をもらった。

「私がテーマを決める理由は、ネクストアクションを明確にするため」
「なむさん自身が、何を追いかけてるかをはっきりさせたかった」
「なむさんのアクションを決めないと!って思って、質問しました」

…後日談

って、後から聞いた。うれしいですね。

「何者か」になろうとしているワケ

ちっちゃいころに味わった、社会とのずれ
それを、腫物のように扱われた感覚。
これが痛みとして残っている。…んじゃないかな?

どんなことがあったか?
「なんか、こんなノリなんだろうな?」と思ってふるまう。
みんなに笑われる。
家でフツーにやってることを、何も考えずににみんなの前でやる。
みんなに笑われる。

そのとき、どう感じたか?
なんで笑われるのだろうか?わからなかった。
とりあえず、カチーンとなるしかなかった。
本心は、「変なのー」って、笑われたくなかった。

みんなといっしょに、いろいろやりたかった。
けど、それが実現できない。ぼくは、変なもん扱い。
そこに、あるはずのものがない。
そのまんま過ごしてるつもりなんだけど、ずれてるらしい。

痛みを正当化するために

そうか、我が家は特別だから、しょうがないのか。
そやって、痛みをごまかしてきた感じがする。

それを言い訳に…
斜に構えて、踏み出すことをしない。
(失敗するにきまってる)

ずれてるからこそ、できそうなことを模索する。
(失敗と認められないことをする)

そうやって、生きてきたのかもしれんのぅ…

特別でないと、自分の痛みは正当化されない。
特別であるためには、何者かとなる必要がある。

こんな思考回路が、動いている。
俯瞰して文章にしてみたら、わけがわからんロジックだな笑
自己中心的にも、程がある。

けど、そこがかわいいって思えたら、無敵だろうな。

何をもって、何者かになったといえるのか?

どこかで、「ぼくが認められることは、むずかしい」と考えている。
だが、何者かであるためには

  • 自分の納得

  • 誰かからの承認

こいつらをお望みだと、気づけた。
「誰かからの承認」って答えるのは、結構しんどかった。
「いいたくないけど、言う!」って感じで答えた気がする。

とある行動によって、誰かからの承認を無理に得ようとするとき
それは、行動の動機が
「追いかける」ではなく「駆り立てられる」になってる気がする。
あんまり「駆り立てられる」が増えてくると、暗中模索になってしまうのかもしれないね。

りこさん、ここまで見えてきました!ありがとうございます。

おわりに

本質をみいだしたうえで、いまが本質とずれていると分かったとき。
そのずれを無視することなく、突っ込める。

それができる人は、なかなかいないと思う。
毎回、感心する。そして、感謝する。

まな板に、のせてもらっていることに。
切るに値すると、認めてもらっていることに。

最後までご覧いただき、ありがとうございました!


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