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#キキゾメ_インタビューレポート#08

ひとっていいね。
どうも、なむです!

2025年、「聴く」の第一歩!
#キキゾメという企画をやりました!

企画の内容は…

  1. テーマを決めてお話を伺う。

  2. その方の魅力を引き出す。

  3. その魅力を、皆さんにご紹介する。

…といったものです!

テーマは、
「あなたが追いかけているものは、なんですか?」

こちらについて、お話しを伺いまして
インタビュー記事を、掲載します!

八人目の方は、「ゆきたん」さん!
では、いってみましょう!


ゆきたんさんのプロフィール

ゆきたんさんと初めてお会いしたのは、去年の12月のこと。
なむの発信を気にかけてくださったようで、「お話ししたかった」とお声掛けいただけました!うれしいのぅ!

いまは本業の傍ら、自己実現の手段として、自己受容のための窓口を開けて、対話を募集されてます!

一度お話してみると分かるはず!なのですが…
ほんわかゆきたんわーるど!!
が展開されます!ほっこりしますよー^^

ですが、そのほんわかさは、先天性のものではないと感じました。

そんないきさつを、聞かせてもらいました!
インタビューの結果をご紹介します!

ゆきたんさんが、追いかけているもの

彼女が追いかけているものは...

  • より良い自分と、社会、世界

  • みんなのなかにある、希望の光「キラリン」

「ぐちゃぐちゃなものを片付けたり、美しくない爪を綺麗に塗ったり、生活を整えたり、しょんぼりしている人を笑顔にするなど、何かをより良くしたり、整えたり、綺麗にすることに喜びを感じます。」
「『はあ』みたいな、すっきりしたとか、元気になったとか、落ち着いたとか、なんでもいいんですけど、ちょっとした感動みたいなのが好き」

ゆきたんさん

きれいにする。ととのえる。
それが、ゆきたんさんの喜びであるという。

ととのえた先のあなたが、どうなっているか?
そのイメージが、鮮明にあるんだろうなと感じた。

それって、どうしてなんだろう?
ぼくは、それが気になってしまう。
聞いてみた!

生きることって、つらい。

ゆきたんさんは、幼少期から、「生きるのつらいわ…」と思っていた。
話を聞くに、ずっと辛い状態が慢性的に続いたのだろう。

どんよりした人生で、楽しくなかったらしい。
一方で、あきらめたくない気持ちもあった。

希望を見出したのは、絶望が極まった瞬間!

そう言ってもらった瞬間、笑ってしまった。
おもしろくなってしまう。人の可能性とか、本能に。

これだからさ、ひとって、いいね。なんですよ笑

こんな世の中、どうしようもない。自分では何もできない。絶望しかない。もう、死ぬしかない。

でも、そこであきらめない「なにか」が出てきた。
這い上がるきっかけになった。

ぼくはそこに、ゆきたんさんの底力を見出した。
その「なにか」を言語化するとき、

ゆきたんさんに、迷いはなかった。

では、その「なにか」って、いったいなんだろうか?

絶望のなかから生まれる、「キラリン」

その、絶望から芽生えたものって、なんですかね?
率直に、聞いてみた。

「芽生えたもの?名前?やっぱり「キラリン」じゃないですかね?」
「キラリンは普段は出てこないやつなんですけど、地獄を見たものだけに現れる希望みたいな…そんな感じですね」

ゆきたんさん

これを、まったくそつなく、言ってのけた。
キラリン!?」思わず、そう言い返した。

興味しんしん、なむ

そんなワードチョイス、ぼくにはできない。
し、ゆきたんさんのなかで「キラリン」は、明確に存在している。

「キラリン」は、誰の中にもある。みんなの中にある。
でも、本当に苦しみぬかないと、出てこないと思う。
自分がなんで生きているのかを考え抜いて、でも絶望したとき
そこから、理由もなく「キラリン」が現れるんです。

ゆきたんさん

そう、答えてくれた。

地獄の中でこそ、希望はでてくるんだよ

ゆきたんさん、「宗教2世」と教えてくださった。ぼくも同じ立場だ。

両親が宗教に属しており、それが熱心であるほど…
その子供たちは、周囲との違いに直面する。

それ以外は、なんともない場合も多く
その苦悩は、社会問題として表面化しづらい部分もあると感じる。

教義にのっとるということは、考え方の柔軟さを失う側面もある。
地域の中の、変わったおうち。その程度で受け止められることも多そうだ。

思考が深いほど、それが見える。そう決めつけたら、つぎは諦める。
わたしはなにもできない、みんなはわかってくれない状況に絶望する。そこに痛みがある。それを受け入れざるを得ない。

…そんな人生だったのかな?と、想像してしまった。

話を戻す。「キラリン」が生まれたときの様子を、教えていただけた。

「絶対にこれで終わるもんか」

ゆきたんさん

これは、ぼくが「本能」って表現したものに近いかな?と感じた。

出てきたやつを「キラリン」と名付ける感性は、ぼくにはない。
メンターさんの影響で、ぼくは「マグマ」って名前を付けてた。

だが、これがあるからこそ、こうして話をできて通じ合えた。
そんな人生、捨てたもんじゃないのかもしれない。

おわりに

今回、お互いの企画を交換し合う形で、2時間ほどお話しした。
ぼく自身の体験も共有して、ほぼ初対面ながら、深い話ができた。

ゆきたんさん、たまにおちゃめな側面もあって…

なむのまね、せんトイテー

重苦しい話をしたけれど、最後は楽しい雰囲気で会話を終えた。

地の果てを知って、自分を取り戻した。だからこそ、いろんな側面を出せるんだろうと思う。痛みに寄り添うということが、できるんだと思う。

そして、「待て」ができる。
ぼくが言葉に詰まっても、せかすことなく、そこに居続ける。

相手の気持ちを理解しようとする姿勢が、大切なんです。

一見、ネコかぶってるように思えるほどに、ほんわかとしている。
でも、奥にある芯の強さを、垣間見た気がしてならない。

なよ竹の 風にまかする 身ながらも
たわまぬ節の ありとこそきけ

西郷千重子

最後までご覧いただき、ありがとうございました!


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