人を「敵」と「味方」に二分するトランプ氏は、アメリカ全国民を代表する大統領になれるのか
アメリカ大統領に求められる資質って、なんだと思いますか?
「いや多過ぎて答えられないよ、世界一の大国のトップだし」と思う方もいるでしょう。
もちろん色々あるとは思いますが、私はひとつ、「国民の半分が自分を支持していないことを認識した上で、全国民を代表してリーダーであろうとすること」を挙げたいと思います。
え?いや、政策は?
経済は?外交は?人権問題は?中絶問題は?移民政策は?銃規制は?
という声が聞こえてきそうですが、具体的な政策については専門家による解説がたくさんあるのでそちらに委ねます。
私は4年に一度、この時期だけアメリカ大統領に注目するタイプの人間なので、「過去4年間の民主党政権の政策を評価してください」と聞かれたところで「え、ごめん、わからん」としか答えられません。
なのでここでは一歩引いたところから「アメリカと大統領選挙と民主主義」みたいな話をさせてください。
アメリカ大統領選挙なんて毎回接戦
「今回の大統領選挙は接戦になりそうだ」- アメリカ大統領選挙のたびに繰り返される言葉です。
だけどアメリカ大統領選挙なんて、どうせ毎回接戦なんです。「圧勝」と言われた選挙だってそうです。
こちらは直近7回の選挙の得票率です。「選挙人の数」はひとまず置いておき、有権者による得票率を比べてみると、いかに国民からの支持が拮抗しているかわかると思います。
2024 トランプ 50.8% ハリス 47.5%
2020 バイデン 51.3% トランプ 46.9%
2016 トランプ 46.4% ヒラリー・クリントン 48.5%
2012 オバマ 51.1% ロムニー 47.2%
2008 オバマ 52.9% マケイン 45.7%
2004 ジョージ・W・ブッシュ 50.7% ケリー 48.3%
2000 ジョージ・W・ブッシュ 47.9% ゴア 48.4%
過去24年間、53%以上得票した勝者もいなければ、45%を下回る敗者もいないんです。
「オバマ旋風」が吹き荒れ、一番差が開いた2008年ですら、その差はわずか7.2%に過ぎません。
「激戦州を制する」というゲームに勝ち、選挙人の数の上は大差をつけたとしても、みんな「有権者の半分が対立候補に投票している」状態からスタートするわけです。民主党だろうが、共和党だろうが、カリスマ人気を誇ろうが、それは同じ。
だからこそ、「この選挙結果に反映されているのは、あくまでも民意の半分でしかないんだ」と自覚しつつ、アメリカ全体のリーダーであろうとする謙虚さが大事だと私は思っています。
そして、歴代の大統領がその姿勢を表明する場が、選挙後の勝利スピーチでした。
以下、歴代勝者のスピーチの抜粋です。長いですが、引用している箇所はどれもかなり似通ってるので、ざざざっと読み飛ばしてもらって大丈夫です。
「私を支持しなかったあなたのためにも働くよ」〜勝利スピーチの伝統
2020年、バイデン氏の勝利スピーチ。
トランプ氏に投票した人にも共感を示し、「私たちは敵ではなくて同じアメリカ人」と呼びかけると共に、「自分に投票しなかった人のためにも働く」と誓っています。
英語版も引用するので、ご興味ある人がいればぜひ読んでみてください。
2008年のオバマ氏も同様に、「あなたの票は得られなかったかも知れないが、あなたの声は私に届いている」と非支持者に語りかけています。
2000年、ジョージ・W・ブッシュ氏は、「党派を超えた協力が行われてきた場所」をあえてスピーチの場所に選び、「共和党も民主党も、国にとっての最善を望んでいる」「票は違えど希望は同じ」と訴えます。
1992年のビル・クリントン氏も、かなりの時間をさいて対立候補ブッシュ大統領の功績をたたえています。
1988年、父ジョージ・ブッシュ氏も、「対立候補の支持者や投票しなかった人のためにも働く」「私を支持しなかった人の信頼も得られるようつとめる」と訴えます。
対立候補をたたえる。意見の違いを超えて、分断を乗り越えて、同じアメリカ人として協力していこうと呼びかける。過去の選挙戦でどれだけ酷い誹謗中傷合戦を繰り広げていたとしても、最後には振り上げた拳をおろし、「戦」を終わらせる。それが、過去の大統領の勝利スピーチに共通する型でした。
2016年、トランプ氏の勝利スピーチ
ちなみにトランプ前・次期大統領も、2016年の勝利スピーチではその伝統をきれいに守っています。
ヒラリー・クリントンの長い戦いに敬意を表し、国への貢献に感謝する。自分に投票しなかった人に向けても、これから一緒に働いて国を一つにしていけるよう、サポートとガイダンスを求めている。それが、2016年の彼のスピーチでした。
そして対立候補やその支持者を尊重する姿勢は、「負けた側のリーダー」にも求められるもの。それを象徴するのが、「敗北宣言」の伝統です。
敗北宣言の伝統
アメリカ大統領選挙には、「敗北宣言」の伝統があります。負けた側が、みんなの前で潔く負けを認めるというものです。
よく取り上げられるのが、2008年のジョン・マケイン氏のスピーチ。
「オバマ氏の成功、能力、忍耐力を尊敬する」とか、「これは歴史的な選挙であり、オバマ氏の勝利はアフリカ系アメリカ人にとって重要な意味を持つ」とか。
え、あれ、私オバマ陣営のスピーチ開いちゃった?と一瞬思うような内容で。
自分が夢破れたタイミングで、さっきまで対立していた候補にここまで真っ直ぐな賛辞を送れる人がいるの??ちょっと人間性できすぎじゃない?と感動します。
他の候補者は、勝者への言及はもっとシンプルなことが多いですが、少なくとも「勝者に電話しておめでとうと伝えた」とか「この結果は受け入れなければいけない」みたいなことは言っています。それが政権交代を伴う敗北であれば、「スムーズな移行」も約束している。
勝利スピーチにせよ敗北宣言にせよ、 なぜ歴代の候補者たちはみな「仲直りして、戦を終わらせる」ようなスピーチをするのか。選挙戦中はあんなに攻撃的だったのに。
その答えの一端は、アメリカの内戦の歴史にあったりするのかなと、私は勝手に想像しています。
過去には内戦の引き金も引いた大統領選挙
ここでちょっと歴史のお話。
アメリカにとって一番犠牲者が多かった戦争って、内戦なんですよね。
第二次世界大戦におけるアメリカの犠牲者数は29万〜40万強(所説あり)。それに対して南北戦争、つまり内戦では62万人が亡くなっています。これは当時の国民の2%にも相当するんだとか。
で。この南北戦争の引き金を引いたのが、大統領選挙だったわけです。
1860年の大統領選で共和党のリンカーンが当選すると、それに反発した州が次々と合衆国から脱退して「連合国」を設立。その後リンカーン側が連合国を合衆国に連れ戻そうとした・・・という流れ。
なんというか・・・日本が尊王攘夷をしていた頃からアメリカはずっと「共和党 vs 民主党」を続けているのかと思うと、ちょっと気が遠くなります。
もちろん、この内戦は「大統領選挙がなければ起こらなかった」ようなものではなく、背景には積もり積もった対立や社会構造上の問題があったわけですが。
それでも。アメリカにとって大統領選挙が、「対戦したこともあるほど仲の悪い両党が激しく衝突するイベント」であり、内戦の引き金になったことさえあるのは確かです。
だからこそ、勝利スピーチも敗北宣言も、「選挙を平和的に終わらせる儀式」として重要な役割を果たしてきたのではないかと思うのです。
実際、「敗北宣言」なしで終わった2020年の選挙は、議事堂の襲撃につながりましたし。
2020年、負けを認めなかったトランプ大統領
2020年のアメリカ大統領選挙。
トランプ大統領は選挙期間中ずっと、「民主党は不正をする」と言い続け、バイデン氏の勝利が確定した後も「あれは盗まれた選挙だ」と言い続けました。
結果、トランプ支持者が暴徒化して議事堂を襲撃したことは、覚えている方も多いかと思います。
もちろんですよ。本当に不正が疑われるなら、本当に証拠があるのなら、声をあげて調査する権利はあるはずです。
だけど、その後納得いく説明を受けたら、「あ、ごめんごめん、勘違いだったみたい。支持者のみんなー!さっきの発言は忘れてー!」って言って回らないといけない。
「不正だ!」と叫ぶ前に、まずは慎重に慎重に裏をとる。
叫んだとしても、「この証拠が覆されたら、こういった反証が出されたら、自分の発言は撤回する」という基準はきっちり持っておく。
仮にも世界最大級の影響力をもつリーダーが、アメリカ選挙制度を揺るがす発言をするなら、それが最低限の責任だと思うのです。
実際この時は有識者たちがすぐに立ち上がり、疑惑をひとつひとつ検証していきました。
その結果。
「118歳の死者が投票しているじゃないか!」という疑いに対しては、「実際に投票したのは同姓同名の息子だよ!名前が同じだから混乱を招いただけだよ!あとは、生年月日がわからなかった時に、データベース上で仮の生年月日を割り当てておくこともあったよ!」と。
「ゴミ捨て場で票が発見された!」に対しては「それは2年前の別の選挙のものだよ!」と。
「投票率が100%を超えている!」に対しては、「有権者数じゃなくて、事前に有権者登録をすませた人数が分母になってるよ!しかもそれ、直近の登録者が含まれてない、古いデータだよ!」と。
と、次々に理由が明らかにされていきました。
それでも納得がいかない場合、「その説明のこの部分が矛盾してるんですけど」と具体的に指摘するならわかるんです。
だけどトランプ氏は、それらの説明は完全にスルーして、ひたすら「盗まれた!不正だ!」と繰り返した。
なぜか。
最初から、結論ありきで話してるからですよね。どんな反論がなされようとも、耳を貸すつもりなんてさらさらなかったからだと思います。
2024年、トランプ前大統領の勝利スピーチ〜非支持者の透明化
今回のトランプの勝利宣言を聞いて、なんというか、「敗者側への配慮やメッセージがここまで感じられない勝利スピーチは初めてだな」と感じました。
カマラ・ハリス氏やその支持者への言及はなく、自分の支持者やキャンペーンの話に終始している。党派を超えてアメリカ人全体に話しかけるというより、身内向けスピーチという感じ。
その中でも特に私が「え?」と思ったのはこの箇所でした。
「今日は、アメリカ国民がこの国のコントロールの握り返した日として永遠に記憶されるだろう」と言うセリフ。
「民主党が握っていたコントロールを共和党が握り返した」ことを、「アメリカ人が握り返した」と表現している。
・・・これ、さらっと言っていますが、物凄い発言だなと思います。
つまりトランプ氏は、民主党とその支持者をアメリカ人とみなしていないということですから。
バイデン氏に投票した51.3%の有権者も、ハリス氏に投票した47.5%も、彼にとっては正当なアメリカ人ではない。
「自分の支持者だけがまっとうなアメリカ人」。そんなトランプ氏の思想を踏まえると、4年前の彼の言動には合点がいきます。
自分の支持者だけが正当なアメリカ人だとしたら。民主党の支持者が、あるいは共和党内でも自分の非支持者が、二流国民か幻に見えているとしたら。
その定義からすれば当然、「自分が勝つ選挙」だけが「正当な選挙」。民主党が票を伸ばせば、それ自体が不正の証ということになります。
そりゃ、彼が「不正の証拠」と訴えるものにどんな反証がでてきても、考えを変える気はないはずです。
、、、この論理の恐ろしさ、わかります?
「自分を支持しない人の存在を否定する」のはですね。民主主義国家において、政治家が絶対やってはいけないことだと思うんです。
対立候補の批判は、どんどんすれば良い。
選挙制度や手続きへの批判や提案も、どんどんしたらいい。
対立候補の支持者のことが理解できないのもしょうがない。
対立候補の支持者をバカにしたり、「自分が落選したのは有権者に見る目がないせいだ」みたいなロジックを持ち出すのは、そりゃ褒められた姿勢ではないけどかわいいもんだと思います。その結果自分たちが反発を食らって票を減らすだけであって、民主主義そのものへの脅威ではないですから。
だけど。
自分と違う意見を持った人が一定数存在することを、彼らが票にこめた思いを、彼らが投じた票の存在そのものをなかったことにするのは、まったく別次元の話。
「バイデン氏が選ばれてほしい」という有権者の思いを「不正による水増し」扱いするのは、「不正がなければ圧勝だった」などと言うのは、バイデン大統領に入れた8128万4666人の票の重みを無視する行為です。
「たとえあなたと私の意見が全然違っても、あなたの考え方が私には理解できなくても、あなたが投票する権利は全力で守る。その票は正当なものであり、どれだけ不本意でも結果は受け入れる。」 - それが、民主主義の根幹にある考え方ですよね。
歴代の候補者たちはみんな、その考え方を全力で守ろうとしてきたんです。
自分の全時間を捧げた戦いに負けた日に、自分のネガキャンをしまくってきたライバルに電話して、「おめでとう」と伝える。
全世界から隠れて布団かぶってふて寝したくなるような日にカメラの前に立ち、ブーイングする支持者をいさめながら「勝者を一緒に祝福してほしい」と訴える。
そんなことまでしながら、必死で守ってきた。
4年前のトランプ氏の言動は、そんな民主主義の原則への冒涜だと思っています。
「味方」には愛想も良くて、経済だって回復させてくれるかも知れない。けど、「敵」認定すると容赦なく刃を向けてくる。そしてその刃は今、アメリカ国民の半数に向けられている。大統領になろうが、その刃を納める気はない。それが私のトランプ氏への率直な印象です。
ちなみに、「敵認定」する相手は民主党だけじゃないですからね。自分を4年間支えてくれた副大統領であっても、容赦なく刃を向けますから。これ、比喩的な意味ではなくて、文字通り命の危険にさらしますから。
4年前、トランプ支持者が「裏切り者のペンス(副大統領)をつるせ!」と叫びながら議事堂に乱入している間、トランプ氏はそれを止めもせずにTwitter(当時)でペンス副大統領を批判し続けてましたからね。
改めて、アメリカはすごい人物に権力を持たせたなと思います。
これからの4年がアメリカにとってどんな4年になるのかはわかりませんが、トランプ氏の支持層だけでなく、「敵」認定されて刃を向けられている人たちも安心して暮らせる国であるよう、遠くから願うばかりです。